小久保監督も振り返った「分岐点」
間違いなくチームの流れを変えた一打だった。小久保裕紀監督が「前半戦の分岐点となった試合」と語ったのは、今季ワーストタイの5連敗で迎えた5月2日のロッテ戦(みずほPayPayドーム)だ。2点ビハインドの9回2死から1点を返し、なお満塁で逆転サヨナラ打を放ったのは川瀬晃内野手だった。その時点で借金8と苦しんでいたチームは、この試合をきっかけに浮上。前半戦を貯金17の2位で折り返した。
川瀬自身もそこまで打率2割台前半と苦しんでいたが、この一打を境に好調へ転じた。5月は月間打率.346という高い数字をマーク。スタメン出場の機会も徐々に増え、5月20日の日本ハム戦(エスコンフィールド)ではプロ初アーチ、7月13日の楽天戦(楽天モバイル)では、チームに35イニングぶりの得点をもたらす先制打を放つなど印象的な活躍を見せた。
プロ10年目を迎え、周囲から見ればまさに躍動した前半戦のように思える。しかし、本人の口からこぼれたのは、驚くほど冷静で厳しい自己評価だった。「手応えはないです。全然ないです」。その言葉には、川瀬だからこそ抱える苦悩と、揺るぎない覚悟がにじんでいた。
「自分がやりたいことというか、思い描いてるようなバッティングはできていない。波が激しいんです」
7月13日の楽天戦では自身初の4安打をマークし、15日ロッテ戦(みずほPayPay)の第1打席でも安打を放ち、5打席連続安打を記録して好調ぶりを示した。一方で、川瀬の言葉を裏付けるように、その直前のスタメン4試合では無安打に終わるなど、好不調の波があったのは事実だ。
レギュラーを掴むためには、この波をいかに小さくしていくかが課題であり、「手応えがない」という厳しい自己評価の裏には葛藤が色濃く表れていた。「使ってもらったり、もらえなかったりという状況で、自分がもし監督だったら(スタメンで)使わないと思う」。起用が安定しない現状を、外的要因ではなく自らの課題として受け止め、正直な思いを口にした。
振り返った「自分の弱いところ」
前半戦、チームは主力の故障に苦しんだ。遊撃のレギュラー・今宮健太内野手は4月30日の日本ハム戦(エスコンフィールド)で右肘に死球を受け、5月1日に登録抹消された。6月1日に1軍復帰するも、同14日に左脇腹を負傷。現在も復帰に至っていない。チームにとって間違いなく危機的状況だったが、この状況は、川瀬にとって大きなチャンスだった。
「故障者が多かったという巡り合わせの中では、もっと試合に出られていたなという感覚です。そこは自分のまだまだ弱いところがあるのかなと思っています」
絶対的なレギュラー不在の間に野村勇内野手が飛躍を遂げ、遊撃のポジションではチーム最多の40試合でスタメン出場。二塁や三塁ではジーター・ダウンズ内野手も存在感を高めた。「(野村)勇さんも今、調子がいいですし、(ジーター・)ダウンズも打っている。もっと自分の働きというか、できることをしっかりアピールできたら」と、激化する定位置争いを見据えた。
厳しい言葉は、現状に満足しない高い志の裏返しだ。だが、その言葉の中にも確かな光はある。「できることをしっかりアピールできたら、おのずと機会も増えると思う。前半戦はいいところで打てたりとか、印象付くようなバッティングは間違いなくできたと思う」とも口にした。
オフには常に「今宮さんに負けたくない。やりたくてユーティリティをやっているわけではない」と目標を掲げ、サヨナラ打に象徴される勝負強さは、確かに光っていた。それは、川瀬晃という選手が持つ大きな武器だ。「もちろん、スタメンで出ることを目指しています」。現状に満足することなく、後半戦も突き進む。
(森大樹 / Daiki Mori)