「アイツの悪い噂は1つもなかった」…だからこそ成長してほしい“芯”の部分
初めての担当選手が見せてくれた1年間の奮闘に、“28歳ルーキー”は思わず笑みをこぼした。「正直、十分やってくれた」。ソフトバンクの古澤勝吾スカウトが労ったのは、昨年のドラフト会議で名城大からドラフト2位で入団した岩井俊介投手だ。今季1軍で15試合に登板してプロ初勝利、初ホールド、初セーブをマーク。日本シリーズでも大事な場面でマウンドに送り出された。貴重な経験を積んだルーキーイヤーだった。
昨年1月に東海地区のアマチュアスカウトに就任した。昨秋のドラフト会議では、初めて担当した選手をさっそくドラフト2位で獲得できた。それが岩井だった。
「十分やってくれたけど、そこは指導者に感謝です。ずっと使ってもらえたし、本人も2軍ではしっかりと抑えられた。最後(日本シリーズ)は結果が出なかったけど、結果的には本当に良かったと思います。それに担当は初めてだったので、この1年は僕も面白かったです」。古澤スカウトは嬉しそうに振り返る。新人合同自主トレでも岩井に熱心に声をかけ、サポートする姿が印象的だった。
「心配しかないですけどね。自分の子どもではないですけど、プロに入れた僕らとしては、やっぱり親みたいな感じで見るので。投げる試合とかも大体見ているし、『頼むから抑えてくれ』みたいな。期待っていうよりかは、ちょっと心配。大丈夫かなって」。“親心”を持って、常に見守ってきた。たびたび連絡も取り、声をかけてきた可愛い“息子”だが、古澤スカウトが「僕はなしやな」と心配していることがある。
「1人で歩けるやつじゃないと……」。厳しいプロの世界でやっていく中で重要な軸となる“信念”が、岩井には足りないのではないか——。古澤スカウトは気になっていた。「僕はみんなでパーっと騒いだりもするけど、流されないタイプ。1人で行動できるんですよ。だけど、アイツはまだ『津森さん、津森さん』とか、周りの先輩や同期と一緒に行動する。本当は“食わなアカン人”なのに」。
もちろん、チームメートと仲良くするのは悪いことではない。人懐っこくて優しい性格の岩井が、誰からも好かれているのも事実だ。しかし、仲良しこよしでやっていると、「最終的に遠慮してしまう可能性ある」と古澤スカウトは懸念する。「それをしたくないなら、元から1人でやるとか。みんなとワーワーもするけど、ちょっと踏み込めないような状態も作っておかないと、と僕は思うんですよ」。投手は孤独なポジションだ。1人で戦う心も求められる。1軍で投げるには、限られた椅子をチームメートと奪い合わなければならないのだ。
岩井は今オフの自主トレについて、津森宥紀投手とともにロッテの益田直也投手に弟子入りすることを明かした。古澤スカウトは、津森と一緒にトレーニングすることについて「僕はない。それはなしやなと思う」とキッパリ。年齢も近く、争うポジションも同じ中継ぎ。ライバルとなる選手とともに自主トレを行うことに違和感があった。
さらに「『求めているものがあるから、益田さんの自主トレに行きます』っていう根拠があればいいんですけど。そういうのもふわっとしていたので」と、岩井の姿勢が気になった。「アイツも大卒で、今こんな感じだから、なかなか気づけないのかなって思う。だから、そこはちょっと時間がかかるかもしれない。苦労すると思います」と断言した。
あえて直接指摘することはなかったが、「これからそういうことに直面した時に、これじゃアカンって絶対思うはずなので。あとは考えてどうするか。それは僕も、来年どんな感じになるのか楽しみですけどね」と成長を期待した。
選手として成長する上での心配事は尽きないが、改めて岩井の人間性に関しては「僕も大好きですよ」とうなずく。スカウトする上でも重要視した性格面。「僕らと喋る時だけでは人間性ってあまりわからないと思うんですよ。だから後輩とかマネジャー、周りの選手や、違う大学の人にも話を聞くんですけど。アイツの悪い噂は1つもなかったので。人としてすごく好かれていた」。周りから愛される人間性は、見立て通りだった。
「正直、高校生とか大学生でも、プロに入る前にはちょっと“やんちゃ系”な性格であってもいいと思っているんですよ。その中で何か1つ、『俺はこうする』っていう強い信念みたいなものがあればいいかなって。失敗が多いスポーツなんで、心が折れるんですよ。何回も何回も折れるから、折れた時に這い上がってこられるような選手じゃないと。それが1人で歩けるやつ。そこは岩井もまだまだなんで、これからですね」
愛情を持ってプロの世界に送り込んだ“親”からの愛ある「苦言」。長くこの世界で愛されるためには、越えなければならない壁がありそうだ。様々な経験を経て、どんな成長を遂げていくのか——。見守りたい。
(上杉あずさ / Azusa Uesugi)