「自分はゴミみたいなもの」尾形崇斗はなぜ生まれ変わったのか? たどり着いた“無心の境地”

ソフトバンク・尾形崇斗【写真:竹村岳】
ソフトバンク・尾形崇斗【写真:竹村岳】

千葉での悔し涙からわずか2か月…見つめ直した自分自身「底辺のレベルなんだ」

 千葉で流した悔し涙を力に変え、右腕が生まれ変わった。自らの力を冷静に見つめ直し、シーズン最終盤にホークスのブルペン陣を支えたのが7年目の尾形崇斗投手だった。

 9月6日の再昇格後は、9試合に登板して失点1(自責0)と、抜群の投球を披露。この期間で防御率も「9.00」から「2.31」へと劇的に改善した。来たるクライマックスシリーズ(CS)ファイナルステージでも、貴重な戦力となりうる存在だ。

 自身満々に腕を振る右腕だが、わずか2か月前にはどん底にいた。8月7日のロッテ戦(ZOZOマリン)。8回に登板したが、2安打3四球2失点と乱れ、試合後には人目もはばからず涙を流した。翌日には出場選手登録を抹消。思わず自暴自棄な言葉が口をついた。

「今の自分はゴミみたいなものなんで。今は何とかゴミからホコリになれるように……って感じですかね」

 常に勝気な性格で、口から出るのは前向きな言葉ばかりだった右腕が、それほどまでに煮詰まっていた。抹消後の2軍成績も7試合に登板し、計10回1/3イニングで9四球、5失点と本来の姿は鳴りを潜めた。メンタル面、技術面ともに決して万全とは言えない状態だったが、9月5日に松本裕樹投手が右肩の違和感を訴えて登録抹消されたことを受け、翌6日に1軍の舞台へ戻ってきた。

 再昇格後の活躍ぶりは先に触れた通りだ。どうしてここまで変わることができたのか――。率直な疑問をぶつけると、尾形は一言一言を反芻するかのように言葉を口にした。

ソフトバンク・尾形崇斗【写真:竹村岳】
ソフトバンク・尾形崇斗【写真:竹村岳】

「ゴミだと受け入れたことかもしれないですね。その時点で自分はよくないピッチャーなんだって、底辺のレベルなんだと受け止めて。じゃあどうすればいいんだろうって。『ゾーンで勝負すればいい』って簡単にみんなは言うけど、それってどうなんだろうって。自分では(ストライクゾーンに)入れようとして入れられないって葛藤もあって。そこからスタートしたことですかね」

 苦しい現状から目をそらすことなく、真正面から自分と向き合ったことが好転のきっかけだという。それでも不安はなかったのか。8月、千葉で見せてしまった弱い姿を再び見せてしまうのではないか。その問いかけに、右腕は素直な思いを明かした。

「もちろん毎試合、毎日、今も不安な気持ちで過ごしていて。ただ、マウンドに上がるときにそれ(不安)を持っていては、この先に自分がこの世界で戦っていけないと思ったので。不安は常にあるし、寝るときだってそうです。ただ、マウンドでは無心になれることが大事だと思ったので。試合前や登板の直前に瞑想してマウンドに上がって、そこから無心になれるよう工夫はしていますね」

 9月に再昇格する直前ごろから、マウンド上で何かをつぶやくようになった。「あれは無心、無心って繰り返しているんです」。その姿から、SNSでは尾形の代名詞ともいえる直球が「無心ストレート」と呼ばれるようになりつつある。相手打者を圧倒する剛速球が生まれたのは、自らを見つめ直したことによる“副産物”だった。

 抜群の安定感を示したままレギュラーシーズンを終えた尾形に対し、小久保裕紀監督も「(投手起用の)優先順位的に、尾形はすごく上がってきているんで」と大きな期待をかけている。CSでも重要な役割を任されることが濃厚な右腕だが、「何かを成し遂げたわけではないので。もっとレベルアップするだけですね」と欲を見せるそぶりはない。無心の男がポストシーズンで台風の目になる可能性は大いにある。

(長濱幸治 / Kouji Nagahama)