左腕が語る手ごたえ「昔の自分と今の自分が仲良くしてくれているみたいな」
「上手くなるためなら頭を下げます」。覚悟と決意に満ちた育成左腕は、とにかく貪欲に歩みを進めている。2022年育成ドラフト8巡目で東農大から入団した宮崎颯投手。「球威で押し込みつつ、スライダーやカットボールを織り交ぜて打ち取るスタイル。投球術を身に付ければ、1軍の戦力として期待できる投手」との評価を受けてプロ入りしたが、2023年1月の新人合同自主トレ中に左肘のトミー・ジョン手術を受けた。試合で1球も投げることが出来ないまま、入団してすぐに手術、リハビリと苦しいプロ生活の船出となった。
今年6月に念願の実戦デビューを果たした。8月には自己最速タイの149キロもマーク。長いリハビリを経て、「レベルアップした自分」に出会えた実感が湧いてきた。「手術を受けて最初のころに苦しんでた時期は『自分ではないな』というか、どうしたらいいんだろうみたいなのはすごくありました。今はちょっとずつですけど、噛み合ってきてくれてるのかなって。昔の自分と今の自分が仲良くしてくれているみたいな」と前進している手応えは感じている。
実戦デビュー以降は、「最初はポンポンポンって上手くいきすぎていたところもあったけど、最近はちょっと打たれたりして、自分の弱さも見つめ直しながらやっています」と、全てが思い通り進んだわけではなかった。それでも「(リハビリを続けた)この1年間があったからこそ、へこんでいる時間はないなと。そう思えているのは、メンタル的にも強くなった証かなと思います」と、現状を受け止めながらも前を向いている。宮崎が身も心も逞しくなってきたのは、先輩たちからの学びが大きい。
中でも、ベテラン左腕にハッとさせられたことがある。リハビリ中に勇気を持って和田毅投手の元へ話を聞きに行った。真面目で口下手なところもある宮崎だが、野球のことになると話は別。「うまくなるためなら頭を下げます」と積極的な姿勢を見せた。多くのことを学んできたが、中でも宮崎の心に刻まれた会話がある。気付かされた自身の「甘さ」。そのことが大きな成長につながったという。
「今どこで投げてるん?」。ウエートルームで顔を合わせた際、和田に声を掛けられた。宮崎は主に3、4軍で中継ぎとして登板を重ねていることを伝えると、「将来的にはどこを目指してるん?」とさらに問われた。「支配下、上に行くためならどこでも投げられるポジションで投げたいです」と、泥臭さがにじむような今の思いを口にした。すると、和田から返ってきた言葉は予想外のものだった。
「それじゃダメだよ」
先発なら先発に必要な能力があり、中継ぎには中継ぎに求められる能力がある。中継ぎでもポジションに応じて必要な球種や能力が違ってくるということを、和田は話してくれたという。「僕の中では上に行くためならどこでもいい、投げられる場所で投げさせてもらって上を狙いたいっていう話をしたら、『それじゃダメだよ』って。『自分がここって決めたら、その路線で頑張んないと』って話をされました」。
和田からの言葉は宮崎の心に深く刺さった。そして、改めて自身の心と向き合った。「今の僕だったら、ストレートに自信がある。そう考えたら中継ぎだなと。そのために必要なもの全部を、いろんな先輩方から盗んでいきたい」。中継ぎとして勝負したい思いを再認識した。
ユニホームを着れば、日頃から積極的に先輩とコミュニケーションを取る宮崎だが、野球以外となると「全く喋れません(笑)」と頭をかく。「いざ野球のためってなったら、あっちが『しつこいよ』っていうくらい貪欲にいかないと。やっぱり和田さんクラスの選手に名前を覚えてもらって、『こんな投手いたんだ』って言ってもらうには、そういうところからインパクトを残して、気にかけてもらって、野球でもインパクトを残して。もっと自分が良くなるために、どんどん進んでいければいいなと思っています」。左腕はすでに腹をくくっている。
常に貪欲に教えを乞うのはベテラン左腕に限ったことではない。先日、2軍から3軍に参加していた古川侑利投手にも質問攻め。「古川さんはずっとよくして下さっていて、いろんなことを勉強させて頂きました。食事にも連れていってもらって、今の自分に足りないものとか、来年どうやって支配下を目指すかっていう話をしたり……」。現に育成選手として奮闘する先輩右腕は、宮崎の言葉に親身になって耳を傾けてくれた。
宮崎が「野球に対する考えや取り組み方が似ている」と、尊敬の念を抱く古川との野球談議は熱を帯びた。「上手に話すのは苦手なんですけど、僕の伝えたいことを汲み取ってくれて……」。自身の言いたいことを感じ取ってくれた先輩右腕は、様々な視点からアドバイスをくれたという。他にも、1軍で先発ローテを守っている大関友久投手が筑後で練習している時には、タイミングを見て話しかけに行ったり、リハビリ中には尾形崇斗投手からも強い影響を受けた。
長く苦しかったリハビリ中、宮崎は野心をメラメラと燃やしていた。「復帰したら、まくってやろうって。そのための準備期間にしたい。周りから『こんなやついた?』って思われるくらいに。一気に階段を上るっていう表現で合っているか分からないですけど、インパクトを与えてポンポンって上に行けるぐらいに。手術して、体も心も1回り2回り強くなっていると思うので。そこを生かしていきたい」。左腕のマインドは、プロで活躍するうえで必要不可欠なもの。苦しいプロの船出から、どんな逆転勝利を見せてくれるのか、今から楽しみに追っていきたい。
(上杉あずさ / Azusa Uesugi)