「このままだと壊れる」 大野稼頭央に感じた“異変”…期待株を救ったコーチの気付き

ソフトバンク・大野稼頭央【写真:竹村岳】
ソフトバンク・大野稼頭央【写真:竹村岳】

16日のウエスタン阪神戦で公式戦初勝利「いつも奥村さんに…」

 今の自分があるのは“奥村さんのおかげ”――。2022年のドラフト4位で入団した高卒2年目・大野稼頭央投手はこう感謝の思いを抱いている。壊れそうだった自分にストップをかけてくれたのは、現役時代に故障と戦った経験がある“ルーキーコーチ”だった。

 2月1日からの春季キャンプ。大野は筑後で毎日を過ごしていた。同じ左腕で1歳下のドラフト1位ルーキー・前田悠伍投手は宮崎のB組に入り、筑後では同い歳の育成投手たちが次々にブルペン入りし、実戦形式に登板していた。それを横目に黙々とトレーニングに励む日々……。ブルペンに入ったのは1度だけ。実戦で投げる気配もないままに2月を終え、今季初の実戦登板は3軍が韓国遠征に行った4月中旬になってからだった。

 とにかく体づくりが日々の中心だった。「一番は体が出来てきて、まだまだですけど、ある程度は出力も出るようになってきました。体も使えるようになってきたんで、そこが一番良かったです。実戦から離れることで、自分の試したかったことがやれたり、真っ直ぐ、フォーク、新しくカットボールを覚えたりという時間も作れたので、すごく良い期間でした」。充実した時間をこう振り返る。

 どこか痛いところがあったわけではない。体は元気だったが、実戦から離れることになった。焦りが芽生えそうなものだが、逆に大野は安堵していた。「このまま投げていてもなんか体が壊れるような気がして……」と感じていたという。「自分でもあまり思ったようにボールが投げられないというか、力を入れて投げても、球速もそんなに出ないし、指にかかった感覚もないし、体のキレも全然なかったんです」。キャンプで行った初めてのブルペンでの投球練習で不安を覚えた。

 そのあとのことだ。3軍、4軍の投手コーチ、コーディネーターと面談が行われた。大野はこの内容をこう明かす。「『調子はどうだ?』みたいな感じで聞かれて『思うように体がキレてないです』って伝えたら『体もまだまだ出来ていないし、先に体を作っていこうか』というふうに話をしました」。体作りを優先させる方針が決まったのだが、ここに至った背景には、1人の首脳陣の“気付き”があったからだったという。

 大野の“異変”を察知したのは、この時の投球練習を見ていた奥村政稔4軍ファーム投手コーチ補佐だった。のちのち、これを知った大野はこう語る。「奥村さんが『ちょっとダメだな』と思って、倉野さんに言ってくれたみたいです。『このまま無理しても体が壊れる』って思ったみたいで、それで話を切り出してくれたそうです」。昨季で現役を引退したばかりの奥村コーチ補佐が倉野信次1軍投手コーチ(チーフ)兼ヘッドコーディネーター(投手)に相談。チームとして、大野には体作りを優先させる方針となったのだった。

 星野順治コーディネーター(投手)もこの時のことを明かす。「去年と今年はだいぶ違ったので。このまま投げ続けることが今は得策じゃないっていうのが、みんなの意見ではあった。明らかにパフォーマンスが去年より低かったので、なぜかっていうところをいろんな部署と確認して。一番は体のところ、体組成的にちょっと落ちてるっていうのが見つかった。それが全てではないと思いますけど、明らかに違うところが見つかったので、コーチ含めてコーディネーターと話して、彼にとってどうすることが一番いい選択なんだろう、というのを考えた」。

 その一つとして、FFMI(除脂肪量指数)という、筋肉量の多さを測る数値が低下していたという。どれくらいの時間をかけて目標値までもっていくか計画を立て、それに基づいた食事やトレーニングをプランニングした。投げることに関しても、各専門部署のコーチやスタッフが大野の変化を確認しながら、しっかりと見守ってきた。

「当然、投げることはできるし、体も元気なんですけど、彼の良さが出ていないので、まずは体を戻そうというところでした。体で言えば目標体重、球速であればこれぐらいは出せるようになってから試合に行こう、という感じでやった結果、パフォーマンス自体は上がりました」と星野コーディネーターは説明する。実戦から離れ、計画的に体作りをしてきた甲斐もあって、持ち味を発揮できるだけの土台が出来上がってきた。

 星野コーディネーターは「本人も体組成というか、体が落ちてしまうとパフォーマンスに影響するっていうことも分かったでしょうし、僕らも勉強になった。普段近くで見ているコーチが、その選手の変化に気づいてくれた。パフォーマンスを上げることが僕らの目的でもあるんで、今まではなかなかそういうことしてこなかったんですけど、今回は思い切った取り組みだった。大野くんだけじゃなくて他の選手もそういうことがあれば、パフォーマンスを伸ばすためにどうやって行くべきか考えてやっていく」とも語る。首脳陣、球団にとっても学びになったという。

 今季初登板まで時間を要した大野だったが、その後は右肩上がりに段階を上げてきている。8月16日のウエスタン・リーグ阪神戦では公式戦初先発で初勝利。大野は「いつも奥村さんに『お前がこうなったのは俺のおかげだからな。みんなに言えよ』って言われます」と笑みを浮かべた。持ち味の緩急を生かして掴んだ初勝利も一つ、自信になった。じっくりと時間をかけて作ってきた体を礎に大野は歩みを進めていく。

(上杉あずさ / Azusa Uesugi)