ファンの度肝を抜く衝撃的なプロ初本塁打だった。15日にみずほPayPayドームで行われた阪神戦。2試合連続でスタメン起用された4年目の笹川吉康外野手が、特大の一撃を右翼スタンドにぶち込んだ。身長193センチ、体重95キロの体つきからフルスイング、走り方と柳田悠岐外野手に通じるものがあり「ギータ2世」と期待される逸材だ。
この本塁打を予感していた人物がいる。横浜商高時代の野球部顧問で、現在は横浜市立大学でコーチを務めている李剛さんだ。笹川が「Y校のお父さん」と慕う李さんは「打ったから言うんじゃないけど、打つと思っていましたよ」と笑う。卒業後も成長を見守り、度々連絡を取り合ってきた恩師が活躍を予感したのは、高校時代のある出来事があったからだ。
2020年のドラフト会議で2位指名された。世はコロナ禍の真っ只中。学校は休校になり、高校3年夏の選手権も中止になった。野球部としての練習ができなくなる中でも、1人で黙々と練習を続けていた。プロ入りの夢を叶えるためにも、立ち止まっていられなかったからだ。対外試合が解禁された直後、笹川にとってホークス入団に繋がる大きな転機を迎えた。
李さんはこう振り返る。「練習試合が解禁になって、スカウトからバンバン連絡が来ていたんですけど、その頃にはもう吉康のバッティングは仕上がっていたんですよ。だから『今日からスカウトが毎日のように来るから、1打席目だけ必ずホームランを打て』って言ったんです。吉康は『1打席目だけでいいんですか?』とか返してきました。なので『1打席目だけ、ホームランじゃなくてもいいから、とにかく1打席目に全集中していけ。あとは三振でいいから』って」。2人の間で、こんな約束が交わされた。
この後の光景は脳裏から消えることはない。4試合連続で1打席目に本塁打を放ったのだという。そして、この4本を全て見ていたのが、当時、ホークスの担当スカウトの荒金久雄さん(現コーディネーター)だった。「多分、それで決まったようなもんですよね。アイツ、見事にホームラン打ったんですよ」。まさに有言実行で果たされた約束。とてつもない集中力で力を発揮してみせたのだった。
だからこそ、プロで初めて1軍に昇格してすぐの活躍も期待できた。「そういうところがあるんだよなって。だから今回も打つと思ってましたよ。打ったから言うんじゃないけど。そんな感じの雰囲気はありましたね」。“ここ一番”で発揮される集中力をまざまざと見せつけられてきたからこその期待だった。
高校時代は「破天荒だった」と李さんは振り返る。実は、高校卒業後、プロではなく大学に進学する可能性もあった。「育成だったらプロには行かせないみたいな話もあったんです。ただ、本人は僕に『ちょっと大学は無理だと思うんですけど』みたいな」と、本音を吐露していた。李さんも高卒プロ入りを推していたために「『育成でも行きます』って言っちゃえ。責任は俺がとるから」と、背中を押した。
性格をよく知るからこそ「この子は早く大人の社会に入った方がいい」と、高卒でのプロ入りを強く勧めた。幸いにも育成ではなく、支配下の、しかも2位という評価でホークスが指名してくれた。3年間プロの世界で揉まれて選手としても、人間としても成長した。「大人の世界に入ってくれてすごくよかったなと思っています。変な話、大学に行っていたら、絶対に途中で辞めるなと思ってたんで」と、今の成長を見て胸を撫で下ろす。
「破天荒だったけど、野球はものすごくやってましたよ。シーズン中の月曜日、高校野球は大体オフなんですけど、必ずアイツはグラウンドに来て練習していたので。しょうがないんで、僕も行って練習していました」。李さんにとって“手のかかる”かわいい教え子。笹川も厚い信頼を寄せ、今でも連絡を取り合う。プロの舞台で少しずつ花開き始めた2人の夢。これからも恩師を楽しませる活躍を期待したい。