4年ぶりのリーグ優勝を狙う上でキーマンになるかもしれない。2017年の入団以降、勝利の方程式の一角として君臨してきたリバン・モイネロ投手が今季から先発に転向する。プロ8年目の新たな挑戦に「17歳ぐらいのときに経験はあるけど、日本ではなかった。日本でまた新しい挑戦ができるっていうのはすごく嬉しいし、それをモチベーションに頑張っていきたい」と胸を躍らせている。
宮崎での春季キャンプ第4クール最終日となった18日に、このキャンプで初めてブルペンに入って投球練習を行った。昨年7月に左肘の手術を受け、1月にキューバリーグで実戦に復帰。1月17日(日本時間18日)まで同リーグで登板しており、そこから1か月、間隔を空けて投球を再開。「中継ぎから先発に変わるということで、特に持久力の部分をしっかりやってから投げたかったという意図があった」と、80球を投げた。
NPBでの7シーズンは全て中継ぎでの登板で、これまで通算306試合に投げてきた。2020年に38ホールドをマークして最優秀中継ぎ投手に輝くなど、7年間で40セーブ135ホールドを記録した球界屈指のリリーバーだった。そんな左腕が先発に転向することになったのは、どんな経緯と理由があったのか。
「(球団と自分と)両方からのアプローチということでいいと思うんですけど、怪我する前は、2024年シーズンは中継ぎでやって、契約が今年で終わるので、その後に先発でという意識が自分の中にあった。チームの編成等もあったので球団と話をして、今年から挑戦してもいいんじゃないかということで先発になった」
2021年オフに契約を3年延長し、2024年までの契約を結んだ。もともとはこの契約を全うしたのち、2025年シーズンから先発に転向する考えを思い描いていたという。だが、2023年シーズン半ばに左肘を故障。手術を受けたこともあり、球団側との話し合いの末に、1年前倒しで先発に転向することになったという。
中継ぎとは過酷なポジションだ。登板が続いた時などに与えられる“上がり”と呼ばれる休養日を除いて、全試合でベンチに入り、試合前の練習、そして準備を行わなければならない。仮に登板がなくとも、状況によっては肩を温めて準備を行わなければならない。登板数以上に、準備の回数の多少が投手にとっての負担になる。
「日本での期間はずっと中継ぎでやってきましたけど、先発の方が中継ぎで毎日投げるより、自分の腕の負担も減ると思う。そういった意識もあって先発をやりたいなとは思っていました」とモイネロは考えを語る。これまでは勝利の方程式を担っており、自身の出番はある程度想定でき「そんなに負荷がかかっているなっていう意識はなかった」と言うものの、肘の故障と“勤続疲労”は無関係ではないはずだ。
先発投手は週に1回の登板に備えて準備を進めていく。登板翌日ないし翌々日が“上がり”となり、その翌日から先発に向けたトレーニングを再開。それぞれにある程度、決まったルーティンがあり、それに沿って練習していく。「単純に中継ぎだと、毎試合ベンチにいなきゃいけない。1つの町に行って、その後に違うところに行っても、毎日球場に行って、毎日練習して、というのがある。そういうのも含めて、先発の方が生活のリズムがとりやすいんじゃないかなとは思っています」。体への負担も考えた上での先発転向の希望だった。
小久保裕紀監督は「投げられれば入っています」と、球数の面さえクリアできれば、開幕ローテに入ってくると明言する。昨季、ホークスは特に先発投手陣が安定しなかったことがV逸の要因に。ファンにプレゼントされた「闘魂」とプリントされたハチマキを着けてキャンプの練習に臨むなど、ホークスファンに愛されるモイネロが先発陣の救世主になることを期待したい。