その「意外性」が斉藤和巳4軍監督の目を引いた。ファーム施設「HAWKS ベースボールパーク筑後」で行われている「スプリングトレーニングin筑後」では、高卒1年目や2年目の若手、育成選手が中心のC組が汗を流している。第1クールのこと。タマスタ筑後で野手がキャッチボールをしている時に、こんなやり取りが交わされた。
斉藤4軍監督にそう声を掛けられたのは、育成ドラフト3位ルーキーの佐倉侠史朗内野手だった。左手にはめていたのは、斉藤4軍監督の言う通りに“年季の入った”味のあるグラブだった。ミズノ製で、もともとはクリーム色のようだが、使い込まれて変色していた。
プロの世界では、シーズンごとにグラブを新しくする選手が多くいる。ルーキーであれば、プロ入りを機に新たな相棒を準備したり、メーカーから提供されたりする。「なんか俺はそんなイメージがある」という斉藤4軍監督は「よく見たら、1人だけだいぶ使い込んでいるグラブ使ってるなと思って。高校の時からずっと使っているらしいよ。自分の中でも感触がいいらしい。それプラス、グラブを大事にするとかそういう教育を受けてきたのか分からへんけどね」と佐倉との会話を振り返る。
「昔から使ってるグラブです。実はオーダーのグラブも作らせてもらったんですけど、まだ型もできていないですし、こっちの方が捕りやすいんで、こっちを使おうかなと思って」と佐倉は明かす。今も愛用している“相棒”は、高校1年生の冬頃に、福岡・久留米市の野球用品店で購入し、ずっと使い続けているものだという。
高校時代はほとんど一塁手でプレーしていたため、内野手用グラブの出番は少なかった。プロではまず三塁手に挑戦する。「サード挑戦の1歩目なので、(このグラブを本格的に使い出したのは、高校野球を)引退してから。高校の時はほぼファーストだったので、買ったのは1年の時だけど、そこまで使っていなかったんです」。ファーストミットも高校の時に買ったものを今も継続して使っている。
「新しいグラブも好きなんですけど、そこまで興味ないっていうか、普通にも使いやすいのがいいって感じなんで、あんまり気にしないんですよ。キャッチボールの中で型付けをしてきましたし、ポケットの芯に入りやすい。グラブにそこまでこだわりはないんですけど、これは使いやすいんです。それに昔から使ってるんで思い入れはあります」
特別なこだわりがあるわけではないのだが、斉藤4軍監督の琴線に触れた。「ちょっと印象的やったね。プロやから新調してくる人たちの方がほとんど。1軍選手もやっぱ替える。自主トレから替えたりとか。でも、高校の時から使ってるって、なんか守備の名手みたい(笑)。名手の人でいるやん、ずっと同じグラブを使い込んでる人たち。それがルーキーのああいうタイプの選手がそんな感覚を持ってるって、へーってなったね」と、笑みを浮かべた。
守備の名手には、同じグラブをメンテナンス、修理に出しながら長年使い込んでいる選手もいる。ホークスでは4年連続で一塁手部門のゴールデングラブ賞に輝いている中村晃外野手がそうだ。中村晃は昨年まで9年間、同じミットを使い続けていた。だからこそ、斉藤4軍監督は「意外だよね。あの見た感じと全然違うやん。ギャップがいいよ。佐倉はなんでも色々ギャップがあるね」と目を細める。
「バッティングも結構柔らかい打ち方するし、キャッチボールとかを見ているとスローイングもいい。コーチとかが『意外と走れるんですよ、速いわけではないですけど』って言ってましたし、意外なところが多いね」。184センチ、103キロの体格を誇る“スラッガー”で、佐倉自身が「ぶーちゃんと呼んでください」というキャラクター。そんな印象とは異なる動きに、斉藤4軍監督も意外性を感じたのだろう。
福岡・久留米市の生まれで、高校も地元の九州国際大付出身。もともと大のホークスファンだった。斉藤4軍監督に声をかけられ「喋れるだけで嬉しいです」と目を輝かせ「見る選手、見る監督、コーチ、スタッフの方もまだ『おぉー』ってなります。まだファンな気持ちもあります」という。ずっと憧れてきたユニホームを着て始まったプロ生活。毎日を大切に楽しみながら、懸命に過ごしている。