1月の時点では開幕に向けて「『絶対にそこ』と思わない方が」
選手の本音に深く迫る「鷹フルnote」。中村晃内野手の“4月編”は「開幕1軍入りの舞台裏」をお届けします。1月から「微妙」と語っていた“3.27”のスタートに間に合った36歳。昇格するうえで自らに課していた唯一の条件とは。準備において「変えたくない」と語る部分や、2軍戦で得た確信についても明かしてくれました――。
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プロ19年目の2026年。中村晃は1月7日にタマスタ筑後で始動した。「開幕は目指しますけど、『絶対にそこ』だと思わない方が気持ち的には楽かなと思います」。3月27日を迎えた時点で、万全でいられるか――。小久保裕紀監督は「体が健康なら開幕でベンチ入りするのは100%間違いない」と語っていた一方で、フィジカル的に微妙なラインであることも事実だった。
昨年11月に「右第3/4腰椎椎間板ヘルニアにともなう経椎間孔的全内視鏡下椎間板切除術(TF-FED法)」を受けた。4か月半にわたったリハビリ生活。予定よりも遅れていたスケジュールを調整し、いかにして開幕に合わせたのか。筑後の2軍戦で得た「確信」と、譲れなかった「一日のリズム」。徹底した自己管理の果てに挑むシーズン、その知られざる舞台裏に迫った。
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続きの内容は
1月時点では「微妙」だった開幕入り。小久保監督の期待と本人の不安
若手に流されない「個別の時間」。36歳が貫いた一日のリズム
近づいていたゴーサイン。自らの課していた唯一にして最大の条件
オープン戦で潰しておきたかった不安「あと1試合あったので」
午前4時30分に起床して、タマスタ筑後に通う地道な日々を送った今春キャンプ。実戦復帰を果たしたのは3月17日、ファーム・リーグの広島戦だった。2軍では3試合に出場し、計7打席を消化。一塁守備にもこなした。「下でやることはないかなと。ファーストも守れましたし、若い選手もたくさん使いたいだろうなと思っていたので」。2軍首脳陣の意図にも理解を示しながら、“ゴーサイン”を出せるタイミングは少しずつ近づいていた。
同19日にはタマスタ筑後を視察した小久保監督に状態を報告するとともに、中村晃の頭には具体的なビジョンが浮かび上がっていた。「普通にいけば開幕に入ることはわかっていたので。それならオープン戦で(みずほPayPay)ドームの打席に立っておきたいという考えはありました。まだ(本拠地でのオープン戦が)あと1試合残っていたので、それができるかどうか」。21日の広島戦で1軍に合流すると、途中出場で2打数1安打。張り替えられた人工芝も含め、半年ぶりに本拠地の“景色”を確認した。“3.27”までに、1つ1つ不安を消していく作業が続いた。
フィジカル面においても自分自身との対話を続け、「微妙」だったラインを見極めてきた。ぬかりない準備を重ねながら開幕1軍入りを目指す中、中村晃は自らにたった1つだけの“条件”を課していた。
「普通に全力プレーができない状態だったら、戦力にはなれないと思っているので。それができるようになって初めて技術的な話になる。そこがクリアできたらいいのかなと思っていました」
2軍では個別にウオーミングアップ…そこにも明確な意図が
背番号7は代打で出場する際、5回の前後に体を動かし始める。ベンチ裏で正面ティーを繰り返し、心身の準備を済ませるのがルーティンだ。開幕して14試合を消化。腰の手術を経たことで、準備の過程に変化は生まれているのか――。その問いに対し、36歳の打撃職人は「変えることはないです。より時間をかけるというのもしたくない」と首を横に振る。起床から就寝までのすべてが、一打席のため。自分自身が積み上げてきたリズムを、絶対に疑わない。
「一日の中で自分なりの流れがあるので、そっちの方が動きやすいのはありました。2軍だと全体のウオーミングアップがある。若い選手はめちゃくちゃ動けるので、そこに引っ張られて自分も動こうとしてしまうと出力が出過ぎてしまう。その可能性もあると思ったので、アップは自分でさせてもらいました。ファームから自分の準備の仕方で、大丈夫かどうかを確認してきた。だから(今になって)変えることはないですね」
徹底的な自己管理があったから、開幕1軍の輪に入ることができた。全力でプレーしてこそ、中村晃だ。「予定よりも遅れてはいましたけどね。でも、最後の方はスムーズにいったかなと思っています」。19年目のシーズン。人生のすべてを乗せ、チームを救う一振りを届ける。
(竹村岳 / Gaku Takemura)