6日からリハビリは“振り出し”に…右腕の身を襲った異変
スマートフォンの向こう側で、川口冬弥投手の声は確かに震えていた。あまりにも生々しく、絶望に満ちた泣き声だ。3月の柔らかな陽光が降り注ぐタマスタ筑後。その穏やかな景色とは裏腹に、突きつけられたのは「再発」という非情な現実だった。誰にも見られないように「走って逃げた」。流したのは、あまりにも大きな、悔し涙だった。
2024年育成ドラフト6位でホークスに入団。高校、大学で公式戦の登板はほとんどなく、まさに這い上がって掴んだプロ入りだった。昨年6月に支配下登録を果たすと、1軍で5試合に登板。防御率0.00と結果を残したが、重い腰痛にも悩まされていた。ウエスタン・リーグが終わった10月からリハビリ組に移行。今年2月にはライブBPができるまでに回復し、慎重に復帰への階段を登ってきたはずだった。
しかし春季キャンプを終えた今月6日、右腕の姿は再びリハビリ組にあった。「またこっちに来ちゃいました……」。歩んできた道のりが“振り出し”に戻ったことを意味する言葉。沈痛な表情で、そう絞り出すのがやっとだった。川口の身に、一体何が起こったのか――。
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続きの内容は
腰の完治後に突如現れた「次の異変」もたらした絶望
誰にも見られぬよう、「走って逃げた」涙の真実とは
捨てたのは「ファンへの申し訳なさ」
右肘痛で再びリハビリ「多少の不安はあったんです」
「出力が上がってきていたので、正直、ライブBPの前から多少の不安はあったんです。2回目の登板で、投げている時は痛くなかったんですけど、次の日にはもう明らかな違和感というか。今度は肘に痛みが出てきた感じです」
2度目のライブBPに臨んだのは3月1日。その前日から、右肘に違和感を覚えていた。昨秋から腰を痛めたことで、投げる量は限りなく制限されてきた。肩肘のケアには細心の注意を払ってきた自負がある。それでも襲ってきた数年ぶりの“再発”だった。「大学4年の時に肘を痛めた経験があって、その時の感覚と似ていました……」。無事であってくれ――。そんな祈りは無情にも打ち砕かれた。トレーナーが確認した結果、また一から歩み始めることになった。
5か月に渡るリハビリを終えて、ようやくマウンドに立った矢先の出来事。川口の心を壊すには、十分すぎる衝撃だった。「誰にも見られないように走って逃げたんです」。筑後での練習中、こらえきれなかった感情が、大粒の涙となって溢れ出した。
「腰の怪我が治って『よし、いくぞ』というタイミングで、今度は肘に(痛みが)きてしまった。去年の10月から確かにメンタルの浮き沈みはあったんですけど、いろんな人の力を借りて、自分なりに最大限のケアはしてきたつもりでした。だから『また怪我しちゃうのか……』って。いっぱい準備をすればするほど結果が悪かった時のショックも大きくて。『このまま野球選手、終わっちゃうんかな』って思っていたら、なんだか溢れてきちゃいました」
教えられた「もがく姿も、プロなんだ」
前を向くきっかけはすぐに訪れた。リハビリ組から再出発となった翌7日。川口はみずほPayPayドームの隣にあるライブハウス「Zepp Fukuoka」にいた。小学3年生のころから憧れ続けている「UVERworld」のライブにいくためだ。1時間45分の公演で、披露されたのは20曲。「なんかずっと泣いていた気がします」。スポットライトを浴びるメンバーの姿に、怪我に苦しむ今の自分を重ね合わせた。
「全力で準備をして、作り上げたものをぶつける。本気で戦う姿を見てファンは感動してくれるじゃないですか。僕はこれまで、マウンドにも立てていないことに『申し訳ない』と思っていたんです。ファンの人に筑後まで来てもらっても、もがいている姿しか見せることができない。でも、きっとその時間も大切で、落ち込む必要はなかった。毎日できる限りのことをやる。そんな姿を見せることも、プロなんだなって気づかせてもらったんです」
25歳でプロ入りを掴んだ“遅咲き”の苦労人。自分だから見せられる夢があると信じて、逆境に立ち向かってきた。「『野球をやめたい』とか、スポーツに限らず何かが上手くいかなくて苦労している人に、『川口もあそこまで頑張っているから』って、少しでも希望を与えられたらと思っていました。実際にそう声をかけてもらったこともある。だったら、僕が下を向いたらだめですよね」。その目には再び静かな炎が宿っていた。
ライブハウスを飛び出した時、浮かべていたのは涙ではなく、満面の笑みだった。「今回に関しては僕自身がブレブレで、そんな状態でUVERworldを見ていいのかなって、寝る前にも思ったんですけど……。本当に来てよかったです」。絶望を希望に変えて、もう1度走り続ける。いつか起きる奇跡を信じて――。地道な日々がまた始まるが、光へと向かう川口冬弥の歩みを、絶対に見逃してはいけない。
(竹村岳 / Gaku Takemura)