「打」の輝き以上に指揮官が求めたもの
上沢直之投手に開幕投手の伝達がされた直後、小久保裕紀監督の部屋に呼ばれたのは笹川吉康外野手だった。チームが台湾から宮崎に戻った2月27日。指揮官は遠征の疲れを取るよりも先に、23歳の外野手にどうしても確認しなければならないことがあった。
26日に行われたWBC台湾代表との交流試合で豪快な一発を放った笹川。その放物線は今季の飛躍を期待させるものだったが、試合後に小久保監督が口にしたのは“苦言”だった。「そのあたりはそろそろクリアしないと」。指揮官が指摘したのは、二塁走者の笹川が三遊間のゴロで判断を誤り、三塁で憤死した「ミス」についてだった。
翌27日、宮崎の宿舎の自室で、小久保監督はスーツを着替えることもなく笹川と向き合った。わずか20分ほどの会話。その時間はひたすら濃密だった。23歳の主砲候補が見つめ直した自らの立ち位置。2026年シーズンを戦い抜くための“道筋”がはっきりと見えた瞬間だった。
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続きの内容は
監督が笹川に突きつけた「打撃以外」の課題とは?
超激戦区で1軍に生き残るための“唯一の条件”
キャンプでの焦りが生んだ「打撃優先」の真相
指揮官から投げかけられた「問い」
小久保監督が確認したのは、笹川が描いている「ビジョン」についてだった。投げかけられたのは、「今年1年間の目標のために何が必要と思うか?」という問い。“1軍フル帯同”を目標に掲げる笹川が「走攻守です」と答えると、指揮官は頷き、そして釘を刺した。「バッティングばっかりするなよ」。
その言葉の背景には、シビアな現実がある。外野陣には柳田悠岐外野手、周東佑京外野手、近藤健介外野手と強力な壁が立ちはだかる。さらには昨シーズンに最高出塁率のタイトルを獲得した柳町達外野手や正木智也外野手も控える“超激戦区”。1年間1軍に帯同しつづけるためには「試合途中からでも使える選手」として見られることが重要となる。
「監督からは『最近、守備のスタートが少し遅いから、もう少し意識したら』と。『後からでも笹川でいけるんじゃない?』と言われるようになれば、目標が実現するんじゃないか、というお話でした」
笹川も当然、守備や走塁の重要性は頭にあった。だがキャンプ序盤に体調を崩し、練習を休んだことで、打撃でアピールすることばかりを考えてしまっていた。改めて全ての練習の質を高めていくことの大切さに気付かされた。
求められる「後からでもいけるような姿」
“個別面談”から一夜明けた28日、打撃練習中に笹川は中堅に入り、打球捕を行っていた。二塁手のすぐ後ろで練習を見守った小久保監督は、センターに打球が飛ぶたびに振り向き、何度も背番号44の動きを確認した。「1軍で完走するためには走攻守の“攻”だけではダメという話を、きのうしたばかりだったんでね」。指揮官の目は、23歳の姿をしっかりと捉えていた。
期待の若手から主力の一員としての立場を築くためには、近藤や柳田といった不動のレギュラーの後を埋める「守備固め」や「代走」でも信頼を得ることが不可欠だ。その上で、打席が巡ってきた際には持ち味を発揮すればいい。監督の意図は笹川の心にもしっかりと響いた。
「この1か月で、監督にそう思わせるようなアピールをしたい」。宮崎での1か月は終わりを迎え、開幕まで残りはわずかとなった。笹川の目に迷いはない。6年目の2026年シーズンは、プロ野球人生において大きな分岐点となりそうだ。
(飯田航平 / Kohei Iida)