春季キャンプの調整「いい感じだと思います」
今から遡ること4か月、10月19日にホークスは崖っぷちに立たされていた。誰もいないはずのみずほPayPayドームの一室に、風を切る音だけが響いていた。「そんなことはないんですけど『やってきたことが否定されたのかな』と思ってしまって……」。いまだに忘れることのできない気持ちを語ったのは、正木智也外野手だ。
2月も残すところ2日間となった。25日の台湾・中信兄弟戦では3ランを放つなど、快音を響かせている26歳。激しい競争を抜け出そうと、がむしゃらに前だけを向いている。「オフにやってきたことがキャンプではどうかなと思ったんですけど、上手くいっています。実戦ではまだちょっと対応が必要ですけど、バッティングはいい感じだと思います」。外野陣はまさに“激戦区”。開幕スタメンを目指し、何よりも結果を求めて打席に立つ日々だ。
2月の正木を見ていると、黙々とバットを振る姿が印象に残っている。闘志を胸に秘めながら、納得がいくまで汗を流してきた1か月間。「(感情を)表に出すタイプではないですけど、誰にも負けたくない気持ちは常に持っていますよ」。プロ5年目を迎えた26歳は、自身の性格をそう表現する。それを象徴するような光景が広がっていたのは、昨年のクライマックス・シリーズ(CS)の舞台だった。周囲が声をかけられないほどのピリついた空気を放ち、ひたすらバットを振っていた。
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続きの内容は
裏方が証言する10月19日…試合終了から“2時間30分後”
正木智也の原動力、春季キャンプの1か月で意識してきたこと
プロ5年目で感じる自らの変化…力に帰る苦い経験
CS第5戦でスタメン出場…4打数無安打の“試合後”
あるスコアラーはこう証言する。
「試合が終わって、僕が帰ろうとしたのが(午後)6時半とかだったのかな。一応いろんなところを見てから帰ろうと思ったんですけど、まだスイングルームの電気がついていて、確かめてみたら正木選手でした。その場では話しかけなかったですけど、“そういう気持ち”を持っている選手なんだなとあらためて思いましたし、やっぱり頑張ってほしいですよね」
日本ハムとのCSファイナル第5戦、プレーボールは午後1時だった。3時間3分の熱戦を落とし、対戦成績を3勝3敗のタイに持ち込まれた。2試合連続でスタメンを託された正木も、4打数無安打に終わっていた。ほとんどのスタッフが球場を後にした中、一心不乱にバットを振る背番号31。見かけたスコアラーも「あ、これは話しかけちゃいけないやつだ」と感じ、そっと扉を閉めたそうだ。
その瞬間の気持ちを、正木自身もよく覚えている。「リハビリを頑張ってきて、なんとかCSに間に合った。せっかく出させてもらったのに結果を出せなかったことが悔しくて、多分そうなったんだと思います」。プロ3年目の2024年には80試合に出場し、苦い思いを何度も味わってきた。一喜一憂しない大切さも学んできたが、この“10.19”の試合後だけは、悔しくて悔しくてたまらなかった。
「そんなことはないんですけど、リハビリでやってきたことが否定されたみたいな気持ちになっちゃって……。1試合結果が出なくて、ちょっと落ち込みすぎたかなとは思いますけど。『申し訳ないと思うな』と(先輩や首脳陣には)言われるかもしれないですが、自分が出た試合でチームも負けたので。そういう思いはありましたね」
4月に左肩を亜脱臼…悔しさを味わったリハビリの日々
昨年4月18日の西武戦(ベルーナドーム)で左肩を亜脱臼し、戦線離脱を強いられた。自分はリハビリに励む中、1軍は逆転優勝への道のりを力強く歩んでいた。「怪我をした時もそうですけど、復帰してから悔しい気持ちもいっぱい経験しました。CSも、(阪神との)日本シリーズでも。筑後にいた時も、周りの選手が活躍しているのを見てすごく悔しかったので。そんなシーズンでした」。栄光を掴み取るには、1軍の舞台に立ち続けるしかない。胸に刻まれた気持ちは、自身を突き動かす唯一無二の原動力になった。
2026年はプロ入りしてから5度目の春季キャンプ。対外試合も始まり、福岡に戻ればオープン戦も始まっていく。「1年目の時みたいに紅白戦でめっちゃ緊張するみたいなのはないです。その分、試合において何をするのが大事なのか。本当に1打席1打席を大切にしながら……。そういうところは5年で成長した部分だと思います」。虎視眈々とアピールを続けていく26歳。どんな時も忘れないのが“負けず嫌い”の気持ちだ。
「きょうは低めを切って高めを狙おうとか。目付けをここにしてみようとか。探している段階で、掴むものがあればいいと思いますし。いろんなものを探しながらキャンプを過ごしています」。精悍な顔つきは、どこまでも頼もしい。悔しさを力に変えて、もう1度晴れ舞台でスポットライトを浴びてみせる。
(竹村岳 / Gaku Takemura)