強烈な危機感を胸に、2度目の球春を迎えた。怪我は癒えたが、まだリハビリ組の管轄で、筑後でキャンプを行うC組には「参加」という形で練習を続けている。「1年前とは立場も違うので、それは(自分にも)言い聞かせています」。真剣な表情で、静かに現在地を見つめるのは、川口冬弥投手だ。
ルーキーイヤーだった昨季は、6月に育成から支配下登録を勝ち取った。1軍デビューも果たし、5試合に登板して防御率0.00。ウエスタン・リーグでも防御率0.76という圧倒的な結果を残したが、シーズン終盤は腰痛に悩まされていた。「横になって寝るとかは大丈夫だったんですけど、やっぱり動くのはキツかったですね」。秋季キャンプからリハビリ組に入ると、そこからは長く、地道な日々。年が明けた1月から、ようやく投球練習を再開させたところだ。
キャンプ第3クール2日目となった2月11日には、3度目となるブルペン投球を行った。マウンドで約30球を投じ、直球の最速は142キロ。「トレーニングって、どこまでやってもトレーニング。実際に投げる動作につなげていかないといけないので、そこの修正をしていました」。
少しずつ開幕が近づいてくる中、自らの現状をどう捉えているのか。焦り、不安、危機感――。さまざまな感情が渦巻く胸の内。焦燥感に駆られても不思議ではない状況だが、右腕が冷静さを保てるのには、ある「原点」となる記憶が関係していた。
「宮崎で他の人たちがどんなことをしているのか、誰がどれくらい投げたとか(首脳陣から)どんなこと言われているのかとか、ニュースでちらっと見る程度ですけど、すごいなと思っています。自分はまだブルペンは3回目ですし、やることをやらないといけない。1年前とはまたちょっと立場も違いますし、それは言い聞かせています。(他の選手を見て)『よっしゃ、俺も』っていうのは違う気がするので、そうならないようにしています」
宮崎の地では大竹風雅投手が最速155キロを記録し、田上奏大投手、飛田悠成投手もC組からB組に合流。チーム内で少しずつ動きが出てきている。川口は焦る気持ちを認めつつ「(クラブチームの)ハナマウイの時から、毎年が勝負だと思ってやってきました。キャンプがこういう怪我でスタートするっていうのは初めてですし、それだけいろいろと考えさせられる時間をもらったのかなと」と足元を見つめる。焦りを抑えられるのは、鮮明に残る1年前の記憶があるからだ。
昨年の春季キャンプ。川口は宮崎のB組でスタートを切った。キャンプイン前日の2025年1月31日、チーム宿舎に到着すると背番号132のユニホームが綺麗に折りたたまれていた。「超緊張していました」と振り返る当時の気持ちこそ、今も大切にする“初心”。「すべてに全力だったので、部屋に帰ってからも疲れすぎて……。朝のバスの中も、みんなは寝ているんですよ。でも自分は緊張しているから、毎日イヤホンして登場曲を聴きながら球場に向かっていました」。憧れだったプロの世界。自分の身に起こる全てが初めてだったからこそ、気を張り、昂らせていたことが深く脳裏に刻み込まれている。
「今でも覚えているのは、生目(の杜運動公園)の室内練習場でバッティングピッチャーをした時のことです。ライブBPでもない、普通の練習だったんですけど、自分は人生で最後のピッチングだと思っていました。他の選手からしたら『川口めっちゃ叫んでいるぞ』って思われていたかもしれないですけど……。とにかくそれくらいの気持ちで投げていましたし、もしまたその瞬間になっても、そうやって投げていたんじゃないかなって思います」
1球ごとに雄叫びをあげる新人に声をかけてくれた人物がいた。「そこまで力まなくてもいいけどな」。板東湧梧投手(現巨人)だった。ともに全力で1年間を駆け抜け、理解を深め合った。だが、大好きだった先輩はオフに構想外となり、巨人と育成契約を結んだ。「去年の12月、千葉で一緒に自主トレしたんです。そしたら、板東さんもいま“そういう気持ち”らしくて。『なるほどな、ってなった』って言われました」。一瞬に全てを賭ける――。それが川口と板東に共通する信念となった。
この日の3度目のブルペンを見守っていたのが寺原隼人3軍投手コーチだ。「球速的には物足りないところがありますけど、スピード表示以上のものは感じます。ホップ成分はよく出ていましたし、練習でやっている成果がしっかりと数字に出るようになれば、やる気や自信にもつながっていくと思うので。本人のモチベーションが下がらないようにすることですね」。昨季の成績も踏まえ、ポテンシャルは首脳陣も十分に理解している。だからこそ、綿密な計画を立てて、慎重に復帰への道を歩むことが重要になる。
「いいことも悪いことも経験させてもらって、ちょっとビビることもあるじゃないですか。もし今年ダメだったら……とか。リハビリをしていて、1人の時間も長いですし、考え込んじゃうことはたまにありますね」。今後もブルペン投球を重ね、実戦登板を目指した調整を続けていく。マウンドに立てば、きっと不安も晴れるはず。暗いトンネルを抜けるまで、あと少し辛抱すればいい。