中村晃を変えた涙の失敗…36歳の“新しい挑戦” だから「毎日練習するのが大事」

講演会に臨んだ中村晃【写真:竹村岳】
講演会に臨んだ中村晃【写真:竹村岳】

トークショーではなく講演会「僕がやりたいと思った」

「なかなか難しいですね、伝えるのは」。背番号7にとって、挑戦と呼べる大きな一歩だった。伝えたかったのは、逃げることなく自分と向き合い続ける大切さだ。イベント企画会社「TMT」による中村晃内野手の講演会が1月26日、福岡市内の大名ガーデンシティで行われた。テーマは「“勝つ”ために必要なこと」。足を運んだファンに向けておよそ1時間、自らの価値観と経験談を語った。

 自分に、競争に、そして相手に勝つ。「すごく生意気なテーマかもしれませんが、よろしくお願いします」。そんな前置きからスタートした。MCとの掛け合いで展開されるトークショーではない。最後に質疑応答の時間は設けられたが、約40分間、休憩なしで中村晃が語り続けた。講演会という形にこだわったのも「自分がやりたいと思ったからですよ」。プロ19年目で実感する“言葉の重要性”。そして、今も忘れられない大きな失敗とは――。

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続きの内容は

・関東大会を逃した中学時代…「まさかの過去」と後悔とは
・2軍でV逸…涙のバントミスを救った「鳥越監督の言葉」
・失敗から1年後…プロ初成功で分かち合った喜び

中学時代の経験「凡退してバットを投げてしまった」

「(講演会は)自分にとっても新しい挑戦かなと。トークショーだと伝わらない部分もあると思いましたし、やってみたいなと思って準備しました。話す時間の長さもちょうどよかったかな。でも反省も多くて、やっぱり難しかったですね」

 2007年ドラフト3位でプロ入りし、今季が19年目。チーム内では柳田悠岐外野手に次ぐ年長者だ。昨年の春先には「GRIT やり抜く力」という本を自費で購入し、若手たちにプレゼント。直筆の手紙まで添えて、自分自身の気持ちを伝えた。これまではあくまでも「聞かれれば答える」というスタイルだった背番号7。後輩に自らアプローチしたのは、心の中で生まれている“確かな変化”があったからだった。

 培ってきた経験を、残していく――。36歳になり、あらためて大切にしているのは「言葉」だ。講演会中、ホークスの“強さの秘訣”が話題となった。「打ったら走る、カバーリングをする、交代した後は仲間を全力で応援する。この“当たり前”を何年も続けるのは、意外と難しいことです。それが先輩たちから受け継がれているし、だから強くあれるのかなと思います」。偉大な選手たちの姿勢から学んだことを、今度は自分が伝えていく番だ。

「重苦しく聞こえるかもしれませんけど、自分とは死ぬまで付き合うわけですから」。“自分に勝つ”という大きなテーマ。36年間の人生で、中村晃は苦手なことと向き合いながら心を鍛えてきた。振り返った“原点”は、中学時代の出来事だ。その試合に勝てば、関東大会進出が決まるという大きな舞台。「あんまり言いたくないんですけどね」。苦笑いしながら、今の姿からは考えられない“まさかの過去”を明かした。

「凡退してバットを投げてしまったんです。怒って帰って、自分をコントロールすることができなかった。審判の方からも注意されましたし、そのプレーが『中学生らしくない』と判断をされて、結果的に関東大会にも進めなかった。チームみんなに迷惑をかけたことも経験しました」

試合前に必ずバント練習する中村晃【写真:竹村岳】
試合前に必ずバント練習する中村晃【写真:竹村岳】

プロ3年目…2軍優勝を逃してしまった“バントミス”

 自身の性格を「めんどうくさがり」と表現する36歳。強豪・帝京高に進学した後も、厳しい練習についていくのに必死だった。「ランニングが嫌いな私は、1年生の時に怪我をしたふりをして練習をサボったり。そういうこともありました」。2年夏には甲子園8強に進出。その後“自分たちの代”となり、主将を託されたことが明確なきっかけとなった。「このままじゃダメだ」――。野球からは絶対に逃げない。圧倒的な練習量を課すストイックな人柄は、ここから形成されていった。

 痛恨の失敗も味わった。プロ入り後に訪れた試練は、3年目の2010年。ホークス2軍は、シーズン終盤までウエスタン・リーグの優勝を争っていた。9月26日、ヤフードーム(当時)で開催された中日戦。中村晃が犠打を失敗し、チームも1点差で敗れてしまった。最終的にリーグVを掴み取ったのは阪神。わずか1ゲーム差だったからこそ、ワンプレーの重さを思い知らされた。

 犠打を失敗した試合後、あまりの悔しさでベンチから立ち上がることもできない。「ゴロだったのかフライだったのかも覚えていないですね」。涙する中村晃に声をかけたのが、2軍監督を務めていた鳥越裕介氏だった。「この失敗を生かしていこう。1軍に行ったらこういうことがあるから、バントは毎日練習しておけ」――。指揮官の優しさに触れたと同時に、何よりも野球の怖さを知った。繰り返してきた練習は翌年、形となって報われる。

 2011年5月7日の日本ハム戦(札幌ドーム)。1点を追う8回無死二塁で投犠打を決め、チャンスを広げた。「確かプロ2打席目だったんですけど、1球でしっかり転がしたと思いますね」。涙するほどの悔しさを乗り越え、“成功”を噛み締めた瞬間。一塁ランナーコーチだった鳥越氏と静かに喜びあったのは大切な思い出だ。「その2つのバントは、今でも鳥越さんから言われます。毎日練習することが大事だと教えてもらいました」。

 悔しさを胸に刻んで、ひたすら練習を繰り返す。自分にとっても忘れられない成功体験を、ファンにも伝えたかった。講演会という初めての試み。普段から使っているノートも持参して、ぬかりない準備を重ねて臨んだ。「あの場面で成功できたっていう(プロセスの)ことですよね。話すのは難しかったですけど、ちょっとずつ上手くなっていけたら」。照れ笑いする中村晃の“挑戦”を、これからも見守っていきたい。

(竹村岳 / Gaku Takemura)