城島氏に憧れる18歳…育成1位・池田のルーツ
2025年ドラフトでホークスは支配下選手5人、育成選手8人を指名しました。鷹フルではチームの未来を担うルーキーズを紹介します。今回は新潟・関根学園高から育成1位で入団した池田栞太捕手。城島健司CBOに憧れる大型捕手は高校時代、退学を考えた出来事がありました。
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憧れの存在と初めて対面し、背筋が伸びた。「1人だけ着物を着ていて……オーラがすごくありました」。12月上旬、新入団会見前日に行われたウェルカムパーティ。池田は城島CBOからの「期待しているからな」という一言でプロ野球選手の実感が湧いた。
身長185センチ、体重92キロ。大きな体躯から繰り出される矢のような送球が持ち味だ。城島CBOのような日本を代表する捕手を目指す18歳のルーツは、関根学園時代に経験した挫折だった。
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続きの内容は
監督との衝突で若き池田選手が抱いた「本当の感情」
退学を決意した池田を救った、父と恩師の「ある一言」
支配下へ! プロ入り決定時に監督と父が贈った「熱いエール」
監督と衝突「使ってくれないなら使ってくれなくていいや」
父の影響で野球を始めた池田は、中学卒業後の進路に地元新潟の強豪、関根学園を選んだ。「高校OBの父が野球部に在籍していた時の指導者が安川斉総監督でした。小さい頃から野球を教わってきた父と同じ学校でプレーしたいと思いました」。迷わずに進学を決めた。
1年の夏大会から背番号をもらい、1回戦の新潟北戦ではソロ本塁打を放つなど、ド派手な高校野球デビューを飾った。だが同年の冬、大きな壁にぶつかった。自らの代になるまで、レギュラーを獲得することができなかった。
そんな状況で、安川巧塁監督と衝突することもあった。元々は感情を表に出さないタイプの池田。プレースタイルや野球への向き合い方を巡って「必死さ、泥臭さがない。プレーに責任がない」と厳しい言葉をかけられることもあった。「自分も腑に落ちない部分があって、『もう使ってくれないなら使ってくれなくていいや』っていうふうにも思っていました」。
16歳の池田は当時、「監督は理解していない」と思っていた。不貞腐れた日々。野球への熱が消えかけていた。「関根学園での野球を辞めて、どこか違うところへ行こうかと。本気で学校を辞めようかと考えました」。そして、迎えた自らの代の秋大会。「5番・捕手」として出場したが、2回戦で県立長岡高に2-3で敗れた。
「チームとしてもやっぱり悔しかったですし、個人としてもプロを目指していたので、2回戦で負けてスカウトさんの目も遠くなる。目指していたものが遠ざかっていくのを感じたし、このままでは高校野球に悔いが残る。自分がしっかりやらなきゃいけないなっていうことを感じました」
支えになった父と総監督の言葉
そこからは父の恩師でもあった総監督にも相談に行った。返ってきたのは優しい言葉だった。「お前はここでやり続けろ。もうちょっと頑張ってみろ」。父からも「総監督がそう言うなら、そうしろ」と背中を押された。
その後は安川監督とも何度も話し合いをした。腹を割って話し合うことで、互いの考えを理解し合えるようになった。3年夏は打率.348、2本塁打、10打点と活躍。甲子園出場は叶わなかったが、ベスト4入りし、プロ入りも叶えた。「あの時に辞めなくて良かった。他人に頼ることやコミュニケーションの大切さを学びました」。
支配下指名は叶わず、育成でのプロ入りとなった。それでも安川監督は喜んでくれた。「一刻も早く支配下に上がれと言ってくれたので」。父も「1人で興奮してました(笑)」と振り返る。一度は退学まで考えた18歳。城島氏のような大型キャッチャーになるべく、まずは2桁の背番号を目指す。
(川村虎大 / Kodai Kawamura)