「力になったのは球場のファンの声援」 唯一の“心残り”も…中村晃が伝えたい感謝と祝福

契約更改に臨んだ中村晃【写真:竹村岳】
契約更改に臨んだ中村晃【写真:竹村岳】

ファンフェスは39度の発熱で欠席…明かした現状は?

 激動の1年間を支えてくれたファンの方々へ――。中村晃外野手が、感謝のメッセージを送った。

「まずは優勝することができて、ファンの方々も『おめでとうございます』ですよね。あとは『ありがとうございます』と。長いシーズンでしたけど、『背中を押してくれてありがとうございます』と言いたいです。その両方ですね」

 5日の契約更改交渉では2000万円アップの1億2000万円でサインした(金額は推定)。「グラブを置いていい」。今年2月の春季キャンプでは小久保裕紀監督から代打専念を告げられたが、主力の大量離脱に伴いスタメン出場が増え、チームの窮地を救った。116試合に出場し、そのうち4番打者として40試合に先発出場するなど、欠かせない存在としてリーグ連覇に貢献。「たくさん試合にも出られましたし、いいシーズンだったと思います」と小さく頷いた。

 2024年は代打起用を中心に101試合の出場にとどまり、打率.221。わずか40安打に終わった。中でも苦しんだのは、耳に入ってくる厳しい声だった。「誰がファンなのか、わからなかった」。大歓声と誹謗中傷との狭間で、偽りのない胸中を漏らしていた。1年が経ち、再び自身の“存在価値”を証明したシーズン。あらためて、背番号7に問いかけた。今季、ファンはどんな存在だったのか――。中村晃が明かしたのは唯一の“心残り”、そして心から感謝の言葉だった。

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続きの内容は

・厳しい声への“上手な解釈”中村晃が明かす胸の内
・優勝パレード欠席…中村晃の「唯一の心残り」と現在の体調
・11月に手術した右腰…トレーナーがストップをかける「理由」

“蓋”ができなかった厳しい声「自分なりに上手く解釈」

「いい方に捉えるようにしていましたね。やっぱり力になったのは、球場に来ているファンの方の声援でした。今年1年、すごく後押ししてもらったなと思います」

 自身のもとに届く誹謗中傷――。中村ほどの実績を持つ男でも「どうしたらいいのかわからなくなる」と、昨年は“蓋”をすることはできなかった。1年が経った今季に関しても「ちゃんと(声援も厳しい声も)両方見ていましたよ」という。そのうえで「自分なりに上手く解釈していたというか、そんな感じでやっていました」。自らを苦しめないように、胸の内で整理をつけながらグラウンドで戦っていた。

「また打てなかったらボロクソに言われるかもしれないですけどね。いいところで打ったりできたので、それだけ声援をもらえてありがたかったです」。日本シリーズは腰痛の影響で欠場を余儀なくされたが、牧原大成内野手が“歓喜の輪”で背番号7のユニホームを掲げてくれた。「全く知らなかったし、嬉しかったです。最後に勝てて、それが何よりでした」。チームはもちろん、ファンを日本一に導くことができた。支えてくれる存在に感謝し、結果で“恩返し”できたシーズンだ。

11月に腰を手術「まだトレーナーに止められている」

 充実のシーズンを送った中村にとって、唯一の“心残り”は11月24日に行われた優勝パレードとファンフェスティバルに参加できなかったことだ。39度前後の発熱が身体を襲った。「3日間(熱が)出て、3日間出なくて、また出たんですよね。(オフになってから)外食もしていないし、ずっと家でゆっくりしていますね」。今ではすっかり回復したが、契約更改の日もマスクをしてみずほPayPayドームを訪れた。

「パレードに出られなかったのは悔しかったですね。そこで(日本一とファンの存在を)実感する予定だったし、ファンフェスには出たかったです。リハビリもあって、球団行事にも1つも出ていないですしね。ゴルフも納会パーティーも行けなかった。(チームメートと)“日本一になった感”を分かち合う時間もなかったので、優勝旅行のハワイには必ずいきたいです」

 11月5日に「右第3/4腰椎椎間板ヘルニアにともなう経椎間孔的全内視鏡下椎間板切除術(TF-FED法)」を受けた。手術から1か月。現状についても「走ろうと思えば走れますけど、まだトレーナーから止められている状態。自分が思っているよりは(リハビリの進捗が)ちょっと遅いです」という。来年の春季キャンプではS組に選出され、2月上旬まで独自調整を許されている。「2月1日は宮崎ではないのかなと思います」と見通しを語った。

「リーグ3連覇を目指していく中で、これをどこまで続けられるか。強いホークスであり続けるためには大事なことだと思うので。3連覇、4連覇、5連覇と続けていけるようなチームになっていけるように僕も頑張りたいですし。来年はもう来年のチームなので、そこに入っていけるように」

 家族、チーム、そしてファンへの感謝は尽きない。中村晃の2025年。たくさんの人に支えられた1年間だった。

(竹村岳 / Gaku Takemura)