前田悠伍が“もう1度”見せた笑顔 寝られなかった40分…検索したのは「楽天、チャンテ」

7月13日の楽天戦、三重殺でピンチを切り抜けた前田悠伍【写真:古川剛伊】
7月13日の楽天戦、三重殺でピンチを切り抜けた前田悠伍【写真:古川剛伊】

プロ初勝利を挙げた楽天戦…6回のピンチで三重殺

 プロ初勝利のハイライトは、勝利を呼び込んだ“トリプルプレー”の直前に見せた笑顔だった。一方で、20歳のエース候補がほほを緩めた瞬間が、シーズン中にもう1度あった。張り詰めていた高校時代とは、また違う“魅力”。マウンドで見せる笑顔も、前田悠伍投手が持つ「武器」の1つだ。

 記念すべき1勝目を手にしたのは、7月13日の楽天戦(楽天モバイルパーク)。5回まで快調にゼロを並べたが、6回にピンチが訪れた。無死一、二塁で打席に村林を迎えると、左腕は不敵にも笑みを浮かべた。三塁方向にゴロを打たせると、「5ー4ー3」の三重殺が完成。「めちゃくちゃ楽しかったですね。ああいう結果になってよかったです」。チームの勝敗を左右する場面であるにも関わらず、当時19歳の前田悠は1軍ならではの緊張感を心から楽しんでいた。

 高校時代には3度の全国制覇を経験した。何度も修羅場をくぐり抜けて、培った強心臓。重要な場面で、どれほどの集中力を見せられるか――。その充実度は、左腕の表情によく表れる。前田悠がもう1度、マウンドで笑顔を見せたのは9月14日だった。

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続きの内容は

楽天戦で見せた笑顔…前夜に前田悠伍が取った行動は?
9月14日にもマウンドで笑み…「ちょっと面白くて」
高校時代に味わった重圧…笑っている暇もなかったワケ

高3時代は“笑わない男”「張り詰めて野球していた」

「ゴロが飛んでアウトになって、内野陣がボール回しをしている間に僕は審判の方から新しい球を受け取りました。1周して最後、ジーター(・ダウンズ)が僕に投げようとしてきたんですけど、『俺もう持っているよ』ってボールを少し掲げて見せたんです。でも、多分ジーターにはそれが見えていなくて、投げるのを止める感じになった。急にストップしたから、もう全然違う方向に投げてしまって。2人で一緒に笑っていましたね」

 ウエスタン・くふうハヤテ戦の何気ないシーンだった。5回1死、ダウンズが三ゴロを処理。ボール回しの後に前田悠への返球が思わぬ形で“暴投”になってしまい、笑みを浮かべた。「試合でああいうシーンってあまりないじゃないですか。ちょっと面白くて笑っちゃいました」。いつもなら淡々とアウトを積み重ねるクールな左腕が、表情を崩した。貴重な瞬間だったからこそ、より深く印象に残っていた。

 マウンドでどれだけ笑えるか――。前田悠にとって大きなバロメーターの1つだ。「高2の時とか、めっちゃ楽しかったんですよ。先輩に(DeNAの)松尾(汐恩)さんがいて、伸び伸びやらせてもらいました」。公式戦という舞台でも、心から野球を楽しめれば自然と結果はついてくる。「逆に(2年夏の甲子園の)下関国際戦とか、最後の夏の履正社戦だとか。『絶対抑えたる』って思った時の方が負けているかもしれないです」。冷静な自己分析は、悔しさを糧にして成長してきた自分自身の歩みがあるからこそできるものだった。

「高校の時は負けたら終わりで、やっぱり日本一を目指していたので。特に自分が3年生の時は笑っている暇もなくて、張り詰めていた中で野球をやっていました。今はプロになって、1試合にかける気持ちは同じですけど、トーナメントとペナントレースはまた違うじゃないですか。しっかりと準備したうえで、笑って楽しめるくらいの方がいい球もいくし、結果も出るのかなと思いました」

9月14日のくふうハヤテ戦で笑みを浮かべる前田悠伍【写真:竹村岳】
9月14日のくふうハヤテ戦で笑みを浮かべる前田悠伍【写真:竹村岳】

楽天戦の前夜…実は「40分くらい寝られなかった」

 プロ初白星を掴んだ楽天戦。結果的に6回無失点と最高の結果を残したが、前夜はなかなか寝付けなかったそうだ。チーム宿舎の自室で相手打線のデータに目を通す。タブレット端末で検索したのは「楽天、チャンステーマ」。小気味いいリズムを聞いていると、自然と気持ちは興奮してきた。

「なんか20分くらいの長さの動画でした。選手個人というよりは、出塁した時の音楽とかチャンステーマばかりの内容で。それを聞いていたらアドレナリンが出て、40分くらい寝られなかったです。目を瞑っていても、ずっと頭の中で流れていたので。その時は『終わった』と思いました(笑)。だから試合の時も、前の夜に聞いていたのが流れ始めたので『うわ、来た』みたいな感じで笑えたんですよね」

 人生初登板だった仙台のマウンド。4か月が経った今も、忘れることができない大切な思い出だ。「トリプルプレーの時、(三ゴロを処理した)ダウンズも捕ってからめっちゃ早かったですよね。送球も強くて、ちゃんと(二塁手の)胸に投げていたし、僕が一塁の方を向いたらもう完成していました」。プロ野球選手としての一歩目を踏み出した日。2026年は、もっともっと前田悠伍に笑っていてほしい。

(竹村岳 / Gaku Takemura)