支配下昇格の「対象となる選手がいなかったということに尽きます」
鷹フルがお送りする三笠杉彦GMの独占インタビュー。第3回は「残り1枠」の思惑です。7月31日の補強期限を支配下登録69人で終えた背景と、その裏に隠された育成戦略について迫りました。(取材・構成=長濱幸治、福谷佑介)
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プロ野球会において1つの“節目”といえる7月31日。支配下登録の期限を迎え、各球団がシーズン終盤に向けた戦力補強に動く中、ホークスは支配下登録枠を1つ残したままこの日を迎えた。登録上限は70人。昨季は期限ギリギリの7月30日にジーター・ダウンズを獲得して枠を埋めきったが、今季は1枠を残した69人で登録を終える決断が下された。
12球団最多となる50人超の育成選手を抱えるホークスにとって、支配下登録は厳しい競争を勝ち抜いた者のみに与えられる「勲章」だ。昇格の絶対的な基準は「1軍の戦力になるかどうか」。今季、山本恵大外野手、川口冬弥投手、宮崎颯投手がシーズン中に昇格を勝ち取ったが、なぜ最後の1枠は使われなかったのか。
その判断の裏には、単に「該当者なし」という理由だけでは片付けられない、“育成大国”ならではの戦略が隠されていた。常勝軍団であり続けるための緻密な計算と、時に非情とも映る選手への向き合い方がそこにはあった。
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続きの内容は
・支配下枠を1つ残した裏側 育成大国ならではの事情
・支配下は必ずしも幸福ではない?吐露した苦しい胸の内
・V字回復支えた補強選手の評価の仕組み
「原則、1軍で活躍してくれる選手を育成から支配下に上げようと考えた時に、対象となる選手がいなかったということに尽きます」
最後の1枠を埋めなかった理由について、三笠GMは明快に語る。昨年は70人枠を使い切った一方で、今季は“あえて”使い切らなかった。そこには編成面における複雑な事情が存在する。
「秋の編成を見据えた時、例えば1軍のレベルにない(と判断している)選手を支配下に上げてしまうと、その選手はほぼイコールで戦力外候補になってしまいます。そうすると、お互いにとってハッピーじゃないこともあり得るという観点があります」
シーズンが終了すれば、球団はドラフト指名選手や来季の新戦力のために、支配下登録枠を10枠ほど空けなければならない。仮に1軍レベルに達していない選手を支配下として登録しても、1軍でプレーすることなく、オフには枠の確保のために戦力外通告をせざるを得なくなるという現実がある。
「上げずに自由契約になるよりも、球団としてはチャンスを与えているつもり」
三笠GMは、この問題に潜む難しさを吐露する。
「育成で3年が経って自由契約になる権利を持つ選手であれば、支配下に上げて『8月以降も1軍でプレーできる可能性がある』とするのも選択肢になります。『(支配下に上げてオフに)自由契約とし、また育成でオファーする』というのは、上げずに自由契約になるよりも、球団としてはチャンスを与えているつもりです。育成のままでは出場できない1軍を目指す機会が、8月以降も残されるわけですから」
しかし、選手側の受け止め方は必ずしも同じではない。その心情をGM自身も理解している。
「私も選手だったらそう思うでしょうけど、『支配下に上げておきながら、戦力外にするとは何事だ』という話になるわけです。でも、そう思う気持ちもよくわかります」
50人もの育成選手を抱える球団特有のジレンマがそこにはある。現に、昨季の期限直前に育成から昇格した三浦瑞樹投手(現中日)や中村亮太投手(現ロッテ)は、オフに戦力外通告を受け、他球団でプレーする道を選んだ。枠があるなら支配下に上げ、1軍に挑む機会を与える。だが、それが結果的に戦力外へ繋がる可能性が高いのであれば、果たして選手にとって最良の選択と言えるのか。
「今、そういう意味ではせめぎ合いなんです。うちは特に50人いますから」
その言葉には、冷徹な判断の根拠と、編成責任者としての葛藤がにじんでいた。
外国人補強を行わず…「相対的な期待値」での判断
今季、球団はシーズン途中の外国人選手補強を行わなかった。故障者が続出する中でも、支配下登録は山本、川口、宮崎の育成3選手にとどまった。三笠GMはこの選択について、こう明かす。
「外国人枠を使って選手を獲得するよりも、例えば山本選手を支配下にして起用した方が活躍する、という相対的な期待値が高いだろうと総合的に判断したということです」
ソフトバンクの編成戦略は明確だ。育成選手が支配下登録される条件は、ただ1つ。「1軍の戦力になるかどうか」。2軍で支配下の若手選手より好成績だから、という理由だけでは昇格できない。あくまで1軍の戦力となり得るか、その1点が基準となる。
データサイエンスを積極的に活用する球団は、この評価に独自のテクノロジーを導入している。
「昇格候補がどのくらい(1軍で)活躍しそうかという評価は、コーディネーターを中心に協議して判断しています。データサイエンスもあれば、メディカル、SC(ストレングス&コンディショニング)といった体の強さなども評価し、総合的に決めます。育成から支配下に上がる選手については、少なくとも自軍内の評価において、支配下の2軍選手と比べてどのくらい優れているか、彼ら(育成選手)を1軍で使った方が活躍しそうかどうか。それは同じ環境でプレーしていてデータがあるため、評価が可能です」
実際、山本は7月の昇格後に2本塁打を放つなど、1軍の貴重な戦力として機能した。未知数の新外国人選手でも、ファームにいる他の支配下選手でもない。育成の山本こそが1軍の戦力になる。その判断は、データに基づいた「相対的な期待値」によって下されたのだ。
支配下枠69人で終えた補強期限は、データに裏打ちされた戦略的な選択だった。2年連続リーグ優勝を支える常勝軍団の土台は、こうした緻密な計算のバランスの上に築かれている。
(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)