トレードに込められた常勝軍団であり続けるための計算と選手への“親心”
27日に2年連続のリーグ優勝を成し遂げたホークス。「鷹フル」は編成部門トップの三笠杉彦取締役GM(以下、三笠GM)に独占インタビューを行いました。第2回のテーマは「電撃トレードの舞台裏」についてです。衝撃的だったリチャード内野手の放出。シーズン中の編成戦略の狙いについて迫りました。(取材・構成=長濱幸治、福谷佑介)
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球界に衝撃が走った。3、4月の「どん底状態」から抜け出し、借金を2まで減らしていた5月12日の昼過ぎだった。ソフトバンク、巨人の両球団から発表されたのは、リチャード内野手と秋広優人外野手、大江竜聖投手による1対2のトレードが成立したとの一報だった。
リチャードは、2017年の育成ドラフト3巡目で沖縄尚学高から入団した将来の主軸候補。2020年から2024年にかけて5年連続でウエスタン・リーグの本塁打王に輝き、その打撃技術は小久保裕紀監督をはじめ誰もが認める存在だった。巨人移籍後は自身初の2桁本塁打となる11本塁打(9月29日現在)を放つなど、そのパンチ力をいかんなく発揮している。
そんな期待のスラッガーを放出する決断をなぜ下したのか。その裏には、球団として明確な“狙い”があった。ファンをざわつかせた一連の動きに秘められていたのは、常勝軍団であり続けるための計算と、選手へのある種の“親心”だった。
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続きの内容は
・なぜリチャード放出? 決断の裏にある“親心”と狙い
・「全く悔しくない」元鷹戦士たちの活躍に溢れた“本音”
・なぜ外国人補強ゼロ? データが示す育成選手の“期待値”
「みんなで決めたことなので細かくは言えませんが、来た選手と送り出す選手、両者にとってこっちの方がいいんじゃないかと考えたということです。当然、今年の戦力というだけではなく、中長期的に見て(戦力になる)可能性だとか。あとは(出場機会の)チャンスを考えた時に、お互いトレードした方がいいんじゃないかと判断した」
確かに今季のリチャードを取り巻く環境は厳しかった。メーンポジションの一塁ではベテランの中村晃外野手が結果を残し、三塁には栗原陵矢内野手が君臨。指名打者にも山川穂高内野手や近藤健介外野手がおり、シーズン序盤に負傷で離脱していたとはいえ、柳田悠岐という大黒柱もチームにいる。継続してスタメンで起用されるチャンスは限りなく少なかった。その状況で、請われる形で巨人からトレードの打診があった。リチャードの将来も考慮した上で、放出を決断したのだった。
今年のリチャードをはじめ、日本ハムの水谷瞬外野手や田中正義投手、阪神の大竹耕太郎投手、中日の上林誠知外野手ら、他球団で戦力となっている元ホークスの選手は多い。「なぜ放出したのか?」といった声も上がるが、三笠GMの受け止めは全くの逆だ。
「『ホークス出身選手が他球団で活躍しているのを見ると悔しいですか?』と聞かれますが、全くそういうことはなく、逆ですね。活躍してくれるのは本当に嬉しい。さすがにホークス相手に打ったり抑えられたりしたら、多少は微妙な気持ちになりますけど。我々としてはチームが優勝し、さらにウチから出ていった選手が活躍してくれるというのはベストな状態ですよね」
「供給過剰なくらい選手がいないと、常時、層が厚い状態を作るというのはなかなか実現が難しい」
毎年、オフには相応の投資をして補強を行っているホークス。1軍でも十分にプレーできる力のある選手が2軍での出場を余儀なくされるなど、一見すると戦力がダブついているようにも映る。ただ、常に優勝を求められる球団事情において、有事に備えた戦力層の整備は必須となる。
「やや供給過剰なくらいに選手がいないと、常時層が厚い状態を作るのはなかなか難しい。プレーしている選手にとっては大変で、『他球団だったら(1軍の試合に)出られるのに』となるでしょうけど。チーム強化の観点だと、そういうスタイルで1軍でやれているというのは自信にも繋がる。あまりチャンスがない選手は、他球団で活躍してもらうことができれば、中長期的に見て球団にとってもハッピーであり、選手にとっても『苦労はあったけど良かった』と思ってもらえるのではないかと考えています」
いかに強い球団であり続けられるか、そして選手にとってふさわしい環境でプレーさせられるか――。球団にとっても思案のしどころとなる。その点、大江と秋広の獲得にも明確な狙いが隠されていた。
「左の中継ぎ投手はチームに1人は必要ですが、長谷川(威展)選手が負傷で長期離脱し、田浦(文丸)選手も万全ではなかった。登板機会は多くないが、大江選手のような存在は今年必要だった。秋広選手については今年というより、来年以降を見据えて大きく育ってもらいたいと思っているところです」
トレードの“目玉”と捉えられていたのは秋広だった。巨人時代に大きな期待をかけられた左打ちの主砲候補で、負傷で離脱していた柳田の代役と目された。だが、実際に球団は今季というよりも、中長期的な視点で狙いを定めていた。36歳の柳田に35歳の中村晃と、長年チームを支えてきた主軸がベテランの域に入り、2~3年後を見据えた後継者育成が急務だったからだ。
むしろ、今季の戦力として欲しかったのが左腕の大江だ。長谷川、田浦が負傷離脱しており、中継ぎ左腕として計算が立ったのはダーウィンゾン・ヘルナンデス投手と、先発も務める松本晴投手くらいだった。かつて“左キラー”として活躍した嘉弥真新也投手のような、ワンポイントもこなせるタイプは補強必須の人材だった。
衝撃的だったリチャードと秋広、大江とのトレード。その背景には常勝軍団を維持するための計算と、選手の未来を考える思考があった。勝つために選手層の厚さを保ちながらも、新陳代謝を図っていく。2年連続リーグ優勝は、そんな編成戦略が実った結果でもある。
(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)