8月24日に見せたセーフティバントの意味
うだるような暑さの中、必死に自分の現在地を探し求めていた。相手の投球動作に合わせ、すっとセーフティバントの構えに入る。「もっとアピールしていかないといけないので」。真意を語ったのは、笹川吉康外野手だ。
現在、ウエスタン・リーグでトップの12本塁打、62打点を記録する23歳。今月2日に1軍昇格を果たし、5日の楽天戦(みずほPayPayドーム)では途中出場から1号2ランを放った。6日もスタメン起用され、2安打を記録。リーグ連覇を目指す中で、チームの連勝に貢献した。「少しずつ冷静にボールを見ることができていると思います。結果を残さないといけないので、1本1本打っていくしかないですね」。そう語った笹川は、自らの足元をしっかりと見つめていた。
2024年にプロ初本塁打を記録し、飛躍が期待された2025年。開幕1軍を逃し、ファーム生活が続いていた。8月24日のウエスタン・オリックス戦(杉本商事Bs)。アンダーシャツまで汗びっしょりになる暑さの中、4点をリードした8回無死二塁で打席を迎えた。1ストライクからの2球目、笹川はセーフティバントを仕掛けた。結果的にファウルとなったが、長打力が持ち味の23歳はこのプレーにどんな意味を込めたのか。
関川浩一コーディネーターが語る今後の成長曲線
「確か、左ピッチャーだったんじゃないですか? もう点を取った後っていうのもあったと思います。1軍に上がりたい中で打率も落としたくないし、あわよくばヒットになるじゃないですか。そういうずる賢さっていう部分は、松山(秀明2軍)監督からも言われたことがあります」
マウンドにいたのは、1軍で通算99試合に登板している左腕・富山だった。サインではなく自分で判断したプレー。笹川が1軍に昇格した際、小久保裕紀監督は「課題は左ピッチャー。左(投手との対戦打率が)1割、右が3割とはっきりしていた。右ピッチャーは高いレベルでも対応できるようになってきている」と語っていた。自分自身の状態を冷静に分析し、アピールするために数字とも向き合う。一方で、長打力という最大の魅力を見失っているわけではなかった。
ホークスでは2024年から本格的に「コーディネーター制」を導入した。1軍から4軍まで選手に対する指導を統一し、道筋を明確にすることが目的だ。関川浩一コーディネーター(野手)は「2本立てだと思うんです」と、笹川が進むべき道について語った。
「もちろん将来は長打を打つ主軸の選手になってほしいです。でも現状の実力でいえば、1軍にいったらそういうこと(バント)が求められる。じゃあ、やっておくべきじゃないですか。彼がまだ1軍にいかない選手ならバントはいらないと思いますけど、戦力ですから。勝つために必要だから今、起用されている。僕達としても『スキルは身につけておきなさい』という話はします。それができなくて評価を落とすと、1軍に上がれなくなってしまうので」
今はまだ“自己犠牲”も求められる立場
どんなに有望な選手でも、いきなり主軸を任されるわけではない。バントや右打ち、チームの勝利のために“自己犠牲”が求められる世界でもある。関川コーディネーターも「吉康が将来もう主軸を打っているのにバントをしたら、逆だと思いますよ。『お前は打って返すんだ』となりますけど、今は1軍でも困らないようにやっておかないと。そういう声かけはします」と具体的に続けた。
自主トレをともにした柳田悠岐外野手も2014年に初めて規定打席に到達。翌年にトリプルスリーを達成すると、押しも押されぬ絶対的存在としてホークスを勝たせてきた。笹川もフルスイングが代名詞だが、1号2ランを見守った小久保監督は「まだ振りすぎていますよ。当たったら飛ぶんですから」と表情を変えずに評価を口にした。魅力を見失うことなく、どのように若手を育てていくのか――。チームとして勝利が求められる中、首脳陣も“永遠のテーマ”と向き合い続けている。
セーフティバントを見せたのは、何かがブレているわけではない。むしろ、笹川自身が一番冷静に足元を見つめていた。「せっかくきたチャンスなので、アピールできるようにやっていきたいです」。何度も放物線を描くことで、頼れるレギュラーに成長していってほしい。
(竹村岳 / Gaku Takemura)