初対面は札幌ドーム…一塁で顔を合わせいきなり“イジり”
プロ野球人生の全てを教わった、かけがえのない先輩だった。15日に今季限りで現役を引退することが発表された中日の中田翔内野手と太い絆で結ばれているのが、秋広優人内野手だ。「自主トレに参加させていただいたのも、今年で4回目でした。毎年発見がありますし、野球はもちろんですけど、人としての部分も学んでいます」。出会いと別れ、そして移籍を報告した電話まで――。2人の関係性を、徹底的に紐解いた。
中田との忘れもしない初対面は、2021年3月6日だった。高卒1年目ながらも1軍に帯同していた秋広は、札幌ドームで行われた日本ハムとのオープン戦に出場。ヒットで出塁すると、一塁を守っていた中田と顔を合わせた。「その時はまだ『中田翔や……!』みたいなレベルだったんですけど。笑いながら『デカすぎやろ。近寄んな』みたいに言ってくれました(笑)」。関係性が“イジり”から始まったのも、2人らしいのかもしれない。中田のおおらかな人柄に、すぐに心は惹かれた。
「自分がそう感じないだけなのかもしれないですけど、その時から怖いとかはなかったですね。中田翔さんに話しかけてもらえた嬉しさがありました。そこからも鎌ヶ谷(日本ハムのファーム施設)で会ったら『おう、調子どうや?』って。翔さんは覚えていないって言っていたんですけど、僕の中ではすごく印象に残っています。自主トレをお願いさせてもらった時も、怖さはなかったですね」
2021年オフに初めて自主トレをお願いした瞬間
ルーキーイヤーを終えた2021年オフ、当時チームメートだった石川慎吾(現ロッテ)から中田の連絡先を聞き、思い切って電話をかけた。「自主トレをお願いしましたね。最初は『なんで俺なん?』みたいな感じだったんですけど、『キツいけど一緒に頑張ろか』って。そこから始まりました」。今年の1月は沖縄本島で鍛錬を積んだ。一軒家を借りて寝食までともにする生活からは、大切なことばかりを学んできた。
「先輩の飲み物がなかったら聞いて作ったりしますし、お箸やお皿を並べて準備するのは、1年目の自主トレから当たり前のことでした。今でこそ翔さんのことは理解していますけど、思っていたよりも、そういうところを大事にするんだなって。皆さんは、翔さんに適当なイメージがあるかもしれないですけど。冷蔵庫の中を気にしたり、キッチンがごちゃごちゃしていたら『綺麗にしとけよ』とか。身の回りの整理整頓を、すごく気にする人なんだなと」
一番印象的だったシーンは、ともに上がったお立ち台だ。2023年4月29日の広島戦(東京ドーム)、秋広が7回にプロ初アーチを放つと、9回裏に中田が逆転サヨナラ弾で試合を決めた。豪快なイメージがある大先輩だが「初ホームラン」に対してのプレゼントは受け取っていないという。「全く関係のないところで、何かをもらうこともありましたからね。一緒に買い物に行ってレジに並んでいたら『持って来い』って」。プロとして授かった教えの1つ1つが、全てが大切な思い出だ。
“別れ”が訪れたのは、2023年オフだった。「ジャイアンツではずっと一緒で、違うユニホームになるのは寂しかったですけど。僕にとっても、翔さんが試合に出ているところを一番見たかったので」。中田が中日に移籍したことで“離れ離れ”になった。秋広は今年5月にトレードで新天地が決まり、師匠には電話で報告したという。「報道が出る前に、限られた人にだけ連絡しました。翔さんも『マジか』って驚いていたんですけど。パ・リーグについて色々と聞かせてもらいましたね」。名古屋と福岡、それぞれの地でシーズンを戦っていたところだった。
中田からも「怒られたことない」、愛される秋広の人柄
巨人時代の同僚で、同期入団でもある伊藤優輔投手は、秋広の人柄について「あいつは誰でも舐めています」と語っていた。マイペースで、ぐいぐいと距離を縮めていけるのも持ち味の1つ。中田からも「怒られたことはない」という22歳は、2人だけの特別な空気感を明かした。
「素で話せます。13歳離れているのでもちろん気は遣うんですけど、本当にすごく仲良くさせてもらっています。僕よりも年上で、翔さんよりは年下の先輩と一緒にいると『よくその感じでいけるな』『そんなハタチいねえぞ』みたいに言われたこともありますし。そういう意味では本当に、周りから思われるほど怖い人じゃないのかなとは思います。ガチガチに緊張されるのは、逆に(翔さんが)気を遣ってしまうみたいです」
ホークスに加入して、およそ3か月が過ぎた。早くもチームに溶け込んでいる22歳にとって、プロの世界のイロハを学ばせてもらった師匠のような存在だ。「あれだけ実績のある人がここまでやるなら、自分たちももっとやらないといけない。そう思わせてくれた1人です」。中田翔がいたから、今の秋広優人がいる。
(竹村岳 / Gaku Takemura)