杉山一樹が直訴した「僕が9回をやりたい」…2か月で芽生えた誇りと捨てた“甘え”

最終回を締め勝利を分かち合う杉山一樹(左)と海野隆司【写真:荒川祐史】
最終回を締め勝利を分かち合う杉山一樹(左)と海野隆司【写真:荒川祐史】

捨てた「勝てばいい」の“甘え”

 9回を任される男にプライドが芽生え始めている。9日に行われた日本ハム戦(みずほPayPayドーム)の9回、マウンドに上がった杉山一樹投手は危なげなく3人で締め、大事な首位攻防戦の初戦でチームを勝利に導いた。

 クローザーを務めていたロベルト・オスナ投手の不調で、“暫定守護神”を任されるようになった右腕。「最後は勝って終われればいい」と、当初は自分なりの考え方を持っていた。しかし、2-1で勝利した7日のロッテ戦(ZOZOマリン)が、その考えを改めるきっかけになった。

「ZOZOでの試合が終わったあとに、これまでと何が変わったんだろうと考えました」。7日の試合は四死球でピンチを招きながら、なんとか無失点でしのいでの勝利。セーブを挙げたものの、後味はよくなかった。最後を任される投手として、チームに不安を抱かせることなく締めたい――。そんな思いに駆られたという。

 そこにはクローザーを担う中で芽生えた新たなプライドと、チームを背負う覚悟が満ちあふれていた。「僕も必死になりましたよね」。2か月前とは別人となった右腕が、その心中を明かした。

首脳陣への直訴「僕がやりたい」

「ちょっと甘えがあったというか。7、8回を投げていた時は、『3人で終わる』とか、『丁寧に投げる』ということを心がけていたんです。だけど、9回になってからは『ランナーが出ても、勝って終わればいいでしょ』みたいな感じになってしまったので、それをやめました。その気持ちを捨てましたね」

 9日の日本ハム戦でパーフェクトリリーフを披露した右腕は試合後、好投の要因を分析した。9回だろうと、いかなる点差だろうと、必ず3人で抑える――。そのシンプルな決意が“いつもの好投”を生んだ。小久保裕紀監督はこれまで守護神が日替わりであることを語っており、それは今でも変わりない。だが、右腕の心は確実に変化していた。

「最初はどこでも良かったんですけど、何回か投げていくうちにすごく楽しいポジションだと感じるようになりました。日替わりだと言われていて、(最後に投げることを)明言もされてないです。だけど『狙いたい』『僕が9回をやりたい』とは伝えました」

 欲を見せない男が首脳陣に直訴するまでになった。クローザーの魅力を問うと、迷いなく「勝って終わる瞬間が一番気持ちいいですね」と答える。そんな右腕の目標は、優勝の瞬間をマウンドで迎えること。「最後を締めたいですね」。最高の瞬間を、マウンドの中心で味わうつもりだ。

ハイタッチする杉山一樹(左)と海野隆司【写真:古川剛伊】
ハイタッチする杉山一樹(左)と海野隆司【写真:古川剛伊】

「同点も嫌」芽生えた責任感と覚悟

 その思いは投球内容へのこだわりにも表れている。「監督は『同点はOK』って言ってくれるんです。だけど、僕は絶対に同点にもしたくないんです」。指揮官の許容範囲よりも厳しく、自らを律するのは、チーム全体への責任感があるからだ。

「僕が同点にされると、延長で投げるピッチャーが若い子たちになってしまう。去年は先輩2人(松本裕樹投手、藤井皓哉投手)を頼りにしていた部分はありました。正直、甘えというか……。今は一番後ろになって、甘えられない。今は僕の後ろには誰もいないので」

 この言葉は、数か月前の杉山からは想像できなかったものだ。だが、9回のマウンドを経験し、ライバルとしのぎを削る中で、確かな自覚が芽生えた。「マツ(松本裕)さんも藤井さんも狙っている。だけど僕はそこを譲りたくないんです。僕も必死になりましたよね」。少し照れくさそうな笑顔を見せたが、杉山の本気が伝わってきた。

 この日の9回に杉山の名前がコールされると球場は沸いた。それはだれもが守護神だと認めている証でもある。“暫定”の2文字を取り払うため、右腕は一切の油断なくマウンドへ向かう。まだ見たことのない景色を見るため、すでに腹はくくっている。歓喜の中心で背番号40はどのような表情を見せるのだろうか――。

(飯田航平 / Kohei Iida)