6月21日の4軍戦で復帰…降板後に大越基4軍監督とハグ
まともに投げることすらできず、自分を信じることもできなかった。首脳陣の心を揺さぶった復帰マウンド。風間球打投手は“イップス”に苦しんでいた。「キャッチボールも嫌でしたね」。背負ってきた重圧、そして涙の抱擁――。元ドラ1右腕は今、確実に変化を遂げようとしている。
ノースアジア大明桜高から2021年ドラフト1位で入団。ダイナミックなフォームから繰り出される最速157キロの直球が最大の魅力だが、プロ入り後はその輝きが影を潜めてしまう。3年間で1軍登板を果たせず、昨オフには戦力外通告を受けて育成契約へ。「当然の結果。今の実力のままでは他球団からの話もない」と受け止めるしかなかった。
今年2月には、右手小指を骨折していたことが判明。手術を受け、リハビリ組に移行した。「全身麻酔だったので、目が覚めたら手術は終わっていました。あっという間で記憶もないですね」。6月21日、大分B-リングスとの4軍戦で復帰を果たすと、1回を無失点に抑えた。マウンドから降りると、涙する大越基監督と抱き合い、喜びを分かち合った。今だから明かせるのは、自身がイップスであることを「認めていた」という事実だ。
「高校の時からしたら考えられない状態でした」
「ケガをする前と球の質も違いました。リリースやフォーム、全部が違うんです。逆にイップスじゃなかったら何だろう、と……。だから、まずはそれを認めて。ただ調子が悪いじゃなくて、ほんとに感覚がなかったので、自分の中でどうやったら指にかかるのか、試行錯誤しながらやっていたんですけど、それもあまり長くは続けられなかったです」
きっかけは2023年2月の春季キャンプ。B組に選出され、フリー打撃で149キロを計測するなど、順調なステップを踏んでいるかのように見えた。しかし、右腕の胸中は複雑だった。「上に抜けるし、それを抑えようとすると引っ掛ける。投内連携とかでは軽く投げないといけなかったので……」。もともと短い距離のスローイングは得意ではなかったが、周囲は年上の先輩ばかり。気を遣えば遣うほど腕は振れなくなり、イップスの沼にハマってしまった。
「高校の時からすれば、考えられないような状態でした」。完全にフォームを見失っていた。「テークバックの時、これまでは浮くくらい軽く握っていたんですけど、不安だから力も抜けなくなっていったんです」。150キロ前後を記録していた球速も、自然と出なくなった。必死に腕を振っても、ボールは指にかからない。キャッチボールですら、投じた球が相手のはるか頭上を越えていくことも珍しくなかった。
周囲はそんな風間を徹底的にサポートした。取り入れたのは、一連の動作の中にリズムを生み出すこと。左足を上げる際にグラブをポンと叩き、力を入れるタイミングをもう一度見つけようと試みた。「森山(良二リハビリ担当)コーチも、シャドーピッチングを見てくれました。『いい感覚で終わろう』と僕をポジティブにしてくれました」。ドラ1入団から育成契約へ。全てを失ってしまった今も、風間の闘いは続いている。
大越基監督が学んだ「逃げないことの尊さ」
数々の苦難を乗り越え、6月21日のマウンドに立った。期待と不安が交錯する中、結果は1回無失点。相手のセーフティバントを、見事なフィールディングでアウトにした。マウンドから降りてきた風間を、大越監督は強く抱きしめた。ここに辿り着くまでの苦悩を見守ってきたからこそ、涙を堪えられなかった。
「忘れがちですけど、21歳ですよ。まだまだ子どもなんです。キャッチボールからやり直している姿は、正直ひどい状態でした。僕が彼の立場だったら『どこか痛い』と言ってリタイアするだろうな、と思うくらい。でも、彼は逃げなかったじゃないですか。その姿に心を打たれましたし、感動して涙が出ました。ワンアウトも取れずに交代することも想像していたのに、3アウトを取ってベンチに帰ってきたんですから。『逃げないことの尊さ』を学びました」
サングラスで涙を隠そうとしたが、「球打にはバレていましたね」と指揮官は苦笑いする。かつて“イップス”に苦しんだ若鷹が、1イニングを堂々と投げ切った。長年、高校野球で監督を務めていた大越監督にとっても忘れられない瞬間となった。フェリペ・ナテル4軍投手コーチも試合後のミーティングで「練習で自分としっかり向き合って、試合で思い切って力を出す。球打からはそれを感じたし、みんな見習うべき姿だと思う」と訴えた。日頃の取り組みを見ていたからこその、心からの言葉だった。
指揮官に見抜かれていた「偽りの明るさ」
理想と現実のギャップは心をすり減らす。明るいキャラクターも風間の代名詞だが、大越監督はこう明かす。「僕は今年からホークスに来たので、評価の先入観がありませんでした。まっさらな状態で彼と接することができました。最初はリハビリ組で明るく振る舞っていましたが、僕にはそれが『偽りの明るさ』に見えていました」。高卒4年目の21歳。苦しさを隠すためにまとっていた笑顔という“仮面”は、指揮官に見抜かれていた。
「この前(7月12日)のブルペンでも140キロが出ていた。まだまだこれからです」と大越監督は期待を込める。孤独に戦ってきた4年間。自分の歩みを、こんなにも喜んでくれる人がいる。「僕のためなのかわからないですけど、泣いてハグまでしてくれた。ちゃんと自分のことを見て、応援してくれている。周りの人たちを大切にしていきたいです」。風間はそう語り、背筋を伸ばした。マウンドで投げることは、どれほど尊いことか――。今はただ、支えてくれる人々への恩返しを心に誓う。
(竹村岳 / Gaku Takemura)