「先輩全員におねだりしろ」 前田悠伍の初勝利を支えた兄貴分…鍬原広報の“粋な計らい”

前田悠伍(左)、鍬原拓也広報【写真提供:鍬原拓也広報】
前田悠伍(左)、鍬原拓也広報【写真提供:鍬原拓也広報】

“兄貴分”と掴んだウイニングボール

 7月13日の楽天モバイルパーク。プロ初勝利を飾った前田悠伍投手は、ウイニングボールをしっかりと握りしめていた。6回81球を投げ、4安打無失点の堂々たる内容。記念すべき1勝を挙げた左腕を隣で見守っていたのは、昨季限りで現役を引退した鍬原拓也広報だった。インタビューを受ける前田悠の横で、鍬原広報は感慨深そうに、穏やかな笑みを浮かべていた。

 2017年のドラフト1位で巨人入りした鍬原広報は昨年、育成選手として前田悠と“同期入団”。年も立場も違ったが、すぐに意気投合した。しかし、シーズン終了後に鍬原広報は現役引退を決断。その知らせに、左腕は人知れず涙を流した。

 その後、鍬原さんが広報としてチームに残ることを知ると「ずっと一緒にいれますね」と、嬉しさのあまりに連絡をした。そんな兄貴分の目の前で挙げた初勝利。試合後、前田悠は「鍬さんがいたことが一番大きかった」と語った。2年目で掴んだ初勝利の裏で、鍬原広報によるサポートはどのようなものだったのか。7月8日に合流してから、交わされた会話とは――。マウンドを降りた直後のベンチ裏で、2人だけにしか分からない静かなやりとりがあった。

先輩との壁を溶かした“誕生日プレゼント作戦”

「1軍に合流した時も鍬さんが輪に入れてくれたんです。すぐに馴染むことができたので、それが一番大きかったと思っています」

 初勝利後に前田悠が感謝を口にしたように、1軍のマウンドに上がるまでには、鍬原広報の細やかな配慮があった。8月4日に20歳の誕生日を迎える左腕がいち早く1軍の雰囲気に慣れるために、「ピッチャー陣はみんな先輩だから、全員に誕生日プレゼントをおねだりしてみよう」と提案。先輩一人一人に声をかけさせることで自然な会話を生み、チームの輪に溶け込めるように計らった。

「いいきっかけになればいいな、と思いました」と明かす鍬原広報。その狙いは見事に功を奏した。もともとの実力は誰もが認めるところだが、チームメートとの壁がなくなった左腕はマウンドで躍動した。「親心じゃないですけど、ファームでやってきたことが、あのピッチングに繋がったんだなと。1軍でも結果が出て、僕もすごく嬉しかったです」。鍬原広報は、その快投に目を細めた。前田悠が2軍でどのような日々を過ごしてきたのかは、マウンドの姿から容易に見て取れた。

試合前の「完投宣言」とベンチ裏での“本音”

 実は試合前、前田悠は鍬原広報に「完投します」と宣言していたという。

「5回にベンチ裏に来ていたので『あと4イニングだから頑張れ』と声をかけたら『いけます』と。でも6回に代わって、目が合った瞬間に『無理です、きついです』って笑顔で言っていましたね。ファームで7、8回を投げた時くらいの疲労感だったみたいで。あれだけ緊張感のあるところで投げたら、それも当然だよなって。試合に勝った瞬間は、まず『おめでとう』と伝えました」。そんな気兼ねない会話も、2人の関係性を物語っている。

 初勝利という形で”恩返し”を果たした左腕。「まず1つ目ができました。これからもっともっと恩返ししていきたい」。そんな後輩の言葉に鍬原広報は「そんなことが言えるようになったんですか。率直に嬉しいですし、僕ももっと近くで、あいつの成長を常に見ていきたいなと思っています」と頬を緩ませた。成長したのは投球だけではないことも笑顔の理由だった。

「あいつが勝ってくれて本当に嬉しい」

「鍬さんも嬉しそうだったので、本当に勝ててよかったです。なによりも、その気持ちがめっちゃくちゃ強いです」と、心からの感謝を述べた前田悠。誰よりも勝利を分かち合いたかった相手が、鍬原広報だったのかもしれない。

「あいつが勝ってくれてほんまに嬉しかったです。まずは、ずっと1軍にいてほしいなと思います」。立場は変わっても、2人の絆が色褪せることはない。広報として、そして兄貴分として、鍬原広報はこれからも前田悠の成長を一番近くで見守り続ける。

(飯田航平 / Kohei Iida)