「ホークスにいたら終わりを待つだけ」 甲斐拓也が激白…見据える現役生活の“最後”

巨人・甲斐拓也【写真:小林靖】
巨人・甲斐拓也【写真:小林靖】

鷹フルは巨人の甲斐拓也を単独インタビュー…今も“ルーツ”は育成時代の苦い経験

 鷹フルは前ソフトバンクで、巨人にFA移籍した甲斐拓也捕手を単独インタビューしました。激白したのは決断の理由。許せなかったのは、自分自身が“安定”してしまうことでした。「ホークスにいたら終わりを待つだけだと思った」と語った真意とは? もう1度、自分から重圧の中に飛び込むことを決めた背景を、本人の言葉から紐解いていきます。福岡で過ごした14年間は「最高の時間だった」――。

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 ゴールデン・グラブ賞を7度受賞し、2023年のワールド・ベースボール・クラシックでは世界一を経験。名実ともに一流選手として、FA権を行使した。1か月以上の熟考の末、新天地でのプレーを選んだ32歳。どん底から這い上がってきた男が求めたのは、“安定”ではなかった。「移籍することをなぜ『挑戦』と表現するのか」という問いに対して、「多分ですけど、苦労しないのはホークスですよ」と真意を語り始めた。

「(ホークスは)ずっとおりやすい(居心地のいい)環境で、全てを知っている状態ですから。ただそれだと、僕はもう32歳、33歳になってきて、この契約が僕の野球人生で最後の、一番の旬な時間になってしまう。そう思った時に、もう終わりに近づいていると僕は思ったんです。ホークスにいたらこのまま終わりを待つだけの時間を過ごすと思った。だったら、もちろん苦労するだろうけど、大変な思いをするだろうけど、もう1回挑戦する気持ちを持たないと、野球選手としてもったいないなと思いました」

 2010年育成ドラフト6位でプロに入った。人一倍の努力で、ホークスでの確固たるポジションを築き上げた。地元・大分も近い。福岡の住みやすさも、もちろんよく知っている。「そりゃこっち(九州)の方が安定はしますよ。僕も大分で生まれ育った。シーズンでも大分には何回も帰ったりできるわけで、家族も福岡の方が慣れているじゃないですか。家賃も安いし、家族のことも考えたら不自由なく過ごせるのは福岡ですよ」。当然、感謝は今も尽きない。

 ただ他の誰でもなく、自分自身が“安定”してしまうことを許さなかった。4年連続の日本一や、国際大会での優勝にも貢献。「僕はホークスである程度のことは経験させてもらったと思うんです。多分ですけど、苦労しないのはもちろんホークスですよ」と言う。今年11月には33歳になる。愛妻には「挑戦しているあなたが見たい」と言われた。現役生活の「終わり」を明確に意識したからこそ、福岡で積み上げたものを捨てて、プロ野球選手として挑戦しないといけないと思った。

「1回きりの野球人生で、よりによってジャイアンツ。ましてや阿部さんから声をかけてもらった。じゃあこんなチャンスが次の契約の時にあるかと言ったら、絶対、絶対にない。このチャンスをいただいたのなら、挑戦しないともったいないんじゃないかと思いました。それは妻もそういうふうに言ってくれたし、腹をくくっていけた部分がありました。選手としての時間だけを見れば、ホークスの方がいいかもしれない。でも僕の野球人生、現役が終わった後のことを考えた時に、セ・リーグの野球も見たい。その中でジャイアンツでできるのは、これほどのチャンスはないと思いました」

 3桁を背負った育成時代、恵まれた環境とは言えなかった。白線を引くのも、グラウンドの水撒きや整備でさえも自分たちでやった。輝かしい部分だけではない。ハングリー精神が、甲斐をここまでの選手に成長させた。「育成からやってきて、一番下のどん底の景色も見た。支配下になっても、2軍と3軍を行ったり来たりして、そこにはすごいライバルがいたこともあった。1軍でいろんな苦しい思いもしたし、優勝も日本一も経験させてもらって、そうやって年を重ねてきました」。まさに這い上がってきた14年間だ。

 だからこそもう1度、自ら重圧の中に飛び込んでいくのが自分らしさだとも感じた。「僕は育成の頃からそうでしたから。それがないとダメだと思いますね」。巨人という伝統球団で、阿部慎之助監督が現役時代に着用した10番を与えられた。「やばいですよ、やばいです。やばいというか、とてつもなくすごいプレッシャーだとは思いますけど。自分は今までそうやってきた部分があるので。打ち勝っていきたいですけどね」。背筋を伸ばしながら語る表情は、充実感に満ちていた。

周東佑京、甲斐拓也、栗原陵矢(左から)【写真:冨田成美】
周東佑京、甲斐拓也、栗原陵矢(左から)【写真:冨田成美】

 国内FA権の行使を宣言したのは、昨年11月13日。1か月以上、思い悩む中でチームメートも本音を伝えてくれた。栗原陵矢内野手は「行かんといてください」とハッキリ言った。周東佑京内野手も「内心では行かないだろうと思っていました」と、心のどこかで残留を期待していた。後輩や同僚の存在には甲斐も「(気持ちは)めちゃくちゃ惹かれました」と苦笑いする。

「マッキー(牧原大成)も、日本シリーズの時かな。『俺はまだ一緒にやりたいぞ』って言ってくれたし、クリとか佑京、(佐藤)直樹もみんな『拓さん行かんとってくださいよ』って。意外と杉山(一樹)も『拓さん、マジですか?』『拓さんが本当に行くなら、僕辞めます』とか言っていたんですけどね。そういうふうに言ってもらって、最高の時間だったなと思います」

 一言では片付けられないほど、たくさんの理由が自分を迷わせた。腹をくくって決めた巨人移籍。福岡で手にした安定を捨て、環境をガラッと変えることが自分の成長になると心から思えた。開幕に備えて準備を重ねている2月。毎日が新鮮さで溢れている。

「セ・リーグでやるチャンスまでいただいた。その中でもう1回、自分の野球を見せないといけない。今までホークスでやってきたことの真価が問われると思うし、挑戦しないともったいないと思ったので。それかな。思い描いていた通り、大変なことが今ありますけど。めちゃくちゃ新鮮で楽しいです」

 伝統も重圧も背負って、扇の要に座る。これが、甲斐拓也の挑戦だ。

(竹村岳 / Gaku Takemura)