ゴールデン・グラブ賞、7度。日本一も世界一も経験した甲斐が、FAで巨人に移籍した。空いた穴を埋めようと若鷹はギラつき、今もっとも競争が熱いポジションとなっている。2月1日にキャンプインして、谷川原も「始まったなという感じがしますね。練習する時はしますけど、自主トレは緩いじゃないですか。引き締まった空気だなと毎年思います」と意気込む。
決意を固めた日は、今もよく覚えている。2023年11月12日、チームは生目の杜運動公園で秋季キャンプを行っていた。谷川原は、1軍監督に就任したばかりの小久保監督に、ベンチ裏の個室に呼び出された。待ち受けていたのは指揮官、高谷裕亮バッテリーコーチ、森浩之コーディネーター(野手)の3人。「来年からはキャッチャー1本に専念して、逃げ道がないから。しっかりとやってくれ」。外野手用のグラブを置き、自ら“退路”を捨てた瞬間でもあった。
捕手専念を通達されたのは、現在春季キャンプでA組が使用しているアイビースタジアム。覚悟を決めて、455日が経った。「言われた時は『やってやるぞ』と思ったのは覚えています」と、気持ちは今も熱いまま。昨年12月には、小久保監督から「目の色が変わったね」と褒め言葉も授かった。「ここで変わらなかったら終わりだと思っているので。しっかりやりたいです」と目標はブレない。結果論ではあるが、甲斐が移籍してきたことで、最大のチャンスがやってきた。
「去年も外野をやっていたら、こんなに正捕手争いは入れていないと思うので。去年専念できたのはよかったと思います。外野はある程度、練習しなくてもできたというのはある。キャッチャーはそういうわけにはいかなくて、だいぶ苦労したので。練習は集中してやるようになりました」
甲斐の存在感を証明していたのが、自筆のノート。周東佑京内野手も川瀬晃内野手も「今まで何年もあの作業をやっていたのはすごいです」と口を揃えた。谷川原も、先輩が汗を流しながらペンを走らせている姿は見たことがあるという。2024年、捕手に専念して「相手バッターの映像を見ないといけないですし。真夏の暑い中でも防具を毎日つけて、練習して試合をするのは大変でした」と苦労を味わった。
中村晃外野手は「拓也(の準備)はすごかった。あれが基準になるわけですからね」と表現していた。何度もチームを勝たせてきた甲斐の存在は、“後釜”を争う選手にとっては高すぎるモノサシとなっている。野手や投手だけではなく、ファンも「甲斐を基準」として捕手を見るはずだ。谷川原自身も「もちろんそう思う」と同調した上で、ハッキリを本音を言った。
「正直、『そんなの知らねーよ』って思います。甲斐さんもあれだけ年数を重ねて、すごい地位までいったので。『そんなの知らねーよ、僕も階段を上がるだけだぞ』って感じです」
周囲の声を振り払うように言った。甲斐が歩んだような道を、自分も進んでいけるように努力するだけ。決意が固い分、口調も熱かった。
小久保監督はこの日、捕手に求める要素について「もう伝えてありますけど、ブロッキングとスローイング。それが一番です」と断言した。谷川原も「直接言われたわけではないですけど、ニュースとかは見ていますから。伝わってはいます」という。捕手として鍛錬を積む一方で、打撃も最大の持ち味。「守備をしっかりとやらないといけないポジションですけど、加えてバッティングがあればより評価されると思うので、しっかりやっていきたい」と今後を見据えた。
競争が本格化するのは、実戦で結果が出るようになってからだろう。小久保監督から「捕手1本」を通達された時の気持ちは、今も熱いまま抱くことができているのか。「もちろんありますね。今になって、すごくよかったなと思います」。少し疲れの残る表情だったが、ハッキリと話す姿に、迷いはない。