ロッテというのは、自分が野球を観戦した初めてのチーム。小さい頃からファンでもありましたし、両親が「ほそや弁当」というお弁当屋さんをやっていて、ZOZOマリンでもお店を出しているので。まずは支配下になって、活躍した時には自分のお弁当を両親が売っていたら面白いなと思います。地元というだけあって、知り合いの方も見に来やすくなる。周囲の方々の反応もすごく良かったので、1軍でいい投球を見せられたらなと、いろんな想像をしているところです。
戦力外通告を受け、ロッテさんからお話をいただきました。電話がかかってきたのはトライアウトの2日後です。「育成になってしまって申し訳ないんだけど、もしよかったら来てくれないか。新天地でチャンスもあると思うし、中村くんが2軍で見せていた投球を1軍でも出してほしい。前向きに考えてみてほしい」と言われました。地元というのもあるし、連絡をいただいたのも最初だったので、すぐに決めました。
電話を待っている時は「どこで野球をやるんだろう」「NPBでできたらいいけど、無理だったら戻れるところでやりたいな」とは考えていました。クビになってから、筑後を使える時は使って、そうじゃない時は近くの公園を借りて練習もしていました。チームが決まるまではドキドキでしたね。
両親に「ロッテに決まった」と言ったら、本当に喜んでくれました。「そこでやり切って、後悔のないように。1年を勝負だと思ってやった方がいいね」と言ってもらったので。間違いなく、その通りだと思う。キャンプの1日目からアピールする立場ですし。今後、ホークスと戦う時には抑えたい気持ちがあります。その時に初めてここでお世話になった、今まで支えてくれた人に「元気にここまで頑張っている」と思ってもらえるので。早く支配下になって、1軍で投げたいです。
野球少年だった時は、いろんな人を応援していました。西岡剛さん、渡辺俊介さん、成瀬善久さん、サブローさん……。西岡さんとかサブローさんは、背番号が書いてあるTシャツを着て学校に通っていました。今、監督コーチをされているのは、当時見ていた人ばかりです。ZOZOマリンスタジアムは、実家から車で30分かからないくらいの距離ですかね。年間パスも持っていたくらい好きでしたし、いつでも行きたい時には観戦できました。
「TEAM26」にも入っていました。「今日行ったらこの人のバッジがもらえる!」とか。他のファンとの交流で、バッジを交換するような場があったんです。そういう楽しみ方もしていましたね。とにかく球場ではロッテファンの声量も大きくて、迫力があったのも覚えています。外野席に座って「すげえ!」って思いながら、小学生の時は見ていました。
福岡ではメンタル的に苦しい時でも、ファンの方々の温かい声援のおかげで、ここまで4年間、怪我なく野球ができたと思っています。これからもプレーは続けるので、どこかで見かけた時には引き続き、応援をよろしくお願いいたします。マリーンズに貢献できるように、早く支配下を勝ち取っていきたいです。次、なれたら(支配下登録は)3回目になるので。「3度目の正直」という言葉を頼りに、頑張っていきたいと思います。