10月28日に7選手が戦力外に
19歳には、辛すぎる別れとなった。「悠伍には成功してほしいんです」という文字を目にして、涙が止まらなかった。
ソフトバンクは10月28日、7選手に対して来季の契約を結ばない旨を伝えたと発表した。そのうちの1人が、鍬原拓也投手だった。2017年ドラフト1位で巨人に入団。2023年オフに戦力外となると、ホークスと育成契約を結んだ。1シーズンで終わってしまった中で、多くの“財産”を残してくれた。「めちゃくちゃ泣きました」と語るのは、前田悠伍投手だ。
2人の初対面は、今年2月だった。ともに宮崎のB組でキャンプイン。先輩右腕から積極的に声をかけてくれた。「最初は僕も、同期の人くらいしか馴染めていなかったんですけど。野球のこともそうですし、人間的なことを一番教えてもらったのがクワさんでした」。目上の人との電話時のマナーや、メディア対応における言葉遣い……。高校時代も上下関係や自分の立ち振る舞いについては考えてきたつもりだったが、鍬原からは細かな指摘があった。それが愛情であることは当然、伝わっていた。
「キャンプの時から、人間的な話をしてもらいました。なかなか、そんなに言ってもらえることもないというか。『こいつあかんわ』って思っても、本人に言わない人も多いと思うので、ありがたかったです。言葉遣いも意識するようになりましたし、真剣に言ってもらったこともありました……。でもそれも本当に苦じゃなくて、『なんやねん』とかならなかったのは、クワさんだからというのはあると思います」
誰よりも慕っていた先輩が、戦力外になった。選手間でも噂が流れていたといい、前田悠が知る限りでは、鍬原はその候補には入っていなかった。「結局、誰が戦力外になっちゃうんですかね」。戦力外が発表される前日に、筑後市内で先輩選手と食事に行った時に、何気なく話題に挙がった。そこで初めて、鍬原が“いなくなってしまう”という事実を聞かされた。「クワさんって、あのピッチャーの……?」と疑ってしまうほど、信じられなかった。信じたくなかった。
球団から発表されたのは、28日の午後5時30分。「ほんまなんかなって思って、最初に確認しました。そしたら、もうニュースに上がっていました」と事実を受け入れた瞬間だった。「知ってすぐの時は、何を言えばいいのか、全然わからなくて……。僕から連絡するのも違うのかなと思いました」。前田悠自身も戸惑っていた。連絡をしたくても、志半ばでホークスを去ることになった先輩に対して、どんな言葉をかければいいのかがわからなかった。
2日後の30日の朝。若鷹寮の自室で、鍬原の記事を目にした。「悠伍には成功してほしいんです。親心みたいな感じですよ。『鍬原さんのおかげで成長できました』って言わせてください」。戦力外に関する内容かと思えば、そこで出てきたのは自分の名前だった。「自分でもビックリしましたし、まさか僕のことを言ってくれていると思わなかったんです。普通に読んでいたら『前田悠伍』の文字が見えたので『あれ?』って思ったら……」。先輩右腕にとっても、自身が特別な存在だということを知った。
堪えることができずに涙が溢れた。「いろんなことがあったので、自然と(涙が)出てきましたし、そこでめちゃくちゃ泣きました。これはもう連絡する以外、選択肢はないなと思いました」。今抱く感謝は、今伝えないといけない。迷いはなくなり、思いの丈をLINEで送った。
「『短い間だったんですけど、いろんなことを一番勉強させていただきました。来年絶対に1軍で投げるということを約束します』と言いました。クワさんからは、『1年間だけやったけどありがとう。来年以降も活躍を期待している』と言ってもらいました。短い文章でしたけど、めちゃくちゃ気持ちが伝わってきましたし、言っている表情も想像できたので……」
前田悠は、ドラフト会議で3球団が競合した末にホークスが交渉権を獲得した。鍬原は、巨人を戦力外となり、再び這い上がるためのチャンスを福岡で得た。それぞれの道を歩んで出会った2人。「出会えていなかったらと考えたら、高校の時から少ししか成長しないまま1年目を終えていたと思います。西谷(浩一監督)先生からも言われたんですけど、『いい先輩についていけ』とずっと言われていましたし、僕の中ではそれがクワさんです」とキッパリ言い切った。
直接、伝えるのは少し照れくさいかもしれない。この場を通して、“クワさん”に届けたい感謝を口にした。
「『僕のおかげって言わせてください』と書いてありましたけど、本当にその通りです。クワさんがいなかったらこんなに2軍でも上手くいっていない。大人の対応はまだまだですけど、キャンプの時に比べたら成長できたというのは言いたいです。ホークスでの先輩後輩、同じチームではなくなってしまいますけど、どこでどういうことになっても、ずっと関わりを持っていたいですし。僕にとって一番いい先輩、尊敬できて頼りになる人には変わりないということはお伝えしたいです」
前田悠伍のプロ人生は始まったばかり。もらってきた愛情は必ず、倍以上にして返していく。1年目に鍬原拓也と出会ったことが、大きな意味を持つように――。
(竹村岳 / Gaku Takemura)