「145キロの直球は尾形崇斗じゃない」 右肩痛に注射治療も…覚悟した「現役の終わり」

ソフトバンク・尾形崇斗【写真:矢口亨】
ソフトバンク・尾形崇斗【写真:矢口亨】

今春キャンプのオーバーワークがたたり離脱…笑顔が消えた半年前

 どんな困難が立ちはだかっても前を向いてきた男が、この時だけは弱気になった。「これまで通りの球は、もう投げられなくなるんじゃないか」。今シーズンの最終盤には勝ちパターンの一角として起用されるなど、大きな飛躍を遂げた尾形崇斗投手。わずか半年ほど前には、現役生活の終わりを考えるほどにまで悩んでいた。

 150キロ後半を計測するストレートこそ尾形の武器だ。回転数も2500近い数字を叩き出し、ホップ成分もチーム内で屈指と、質の高さも特徴だ。入団当時は150キロにさえ届かなかった真っすぐ。「プロ入りから10キロくらい球速が上がった。これまでやってきたことは間違っていなかったんだなと思います」。日々、ストイックに野球と向き合った証だ。

 プロ3年目の2020年、開幕前に支配下登録を勝ち取った右腕だったが、これまでの歩みは順風満帆とはいかなかった。2021年の春季キャンプ中に行われた紅白戦では、3安打1四球、2暴投に2つのけん制悪送球という乱調ぶりで、当時の工藤公康監督は異例の試合打ち切りという決断を下した。それでも「一からやり直すだけです」と、尾形の瞳から光が失われることはなかった。そんな男から笑みが消えたのは、今年の春先だった。

 「145キロの真っすぐしか投げられなくなるんじゃないか。これまでの球が投げられないのなら尾形崇斗じゃない。そんな不安がすごくありました」

 今年の春季キャンプを終えた直後の3月、右肩を痛めた。原因はオーバーワークだった。キャンプ2日目のブルペンで155キロをマークするなど、調整は明らかにハイペース。7年目の今季にかける思いを制御することができなかった。

 その代償は大きかった。これまでも故障歴はあるが、投手の生命線といえる右肩の不調は経験したことがなかった。状態が上がらない毎日。背中には注射も打った。「ピッチングに大事な筋肉周りだったので。ふとした時に『これで現役が終わるんじゃないか』という思いが頭に浮かんでくることもありました」

 苦しみを乗り越えられたのは、尾形崇斗だったから。不安を抱きながらも、目の前のやるべきことから目を背けはしなかった。球団のスタッフに、メジャーで活躍する投手の「体脂肪率データ」を集めてもらった。「平均で先発投手は16%で、中継ぎは12%でした。僕は体重86キロで、体脂肪率が10%。アジリティー(機敏性)が失われないラインの体脂肪率と筋力のバランスを考えています」。日々の食事は栄養士に依頼し、理想の体づくりにも余念がなかった。

 8月7日のロッテ戦(ZOZOマリン)では1イニングを2安打3四球2失点と崩れ、試合後には2軍降格が決まった。登板後には悔し涙を流したが、人生最大の苦悩から立ち直った男はすぐに前を向いた。再昇格後の9月6日以降は、9試合に登板して防御率0.00と安定した投球を見せ、7年目にして初の日本シリーズでの登板も果たした。

「今の状態で満足することはないです。心技体の全て、まだまだレベルアップできると信じています」。間もなく今シーズンは終わるが、早くも来季の姿が楽しみになる。右腕はそう感じさせてくれる存在だ。

(長濱幸治 / Kouji Nagahama)