前田純の初勝利お祝い会が転機に 「話を聞けたから…」
“悔しい”だけで終わらなかったのは、ベテラン左腕がいてくれたから。2軍降格が決まった札幌の夜。大山凌投手にとって「人生で一番有意義な時間」となった。
9月29日の日本ハム戦(エスコンフィールド)。7月下旬に支配下登録された2年目左腕の前田純投手がプロ初登板初先発し、6回無失点の好投を見せた一戦だ。4点リードの7回に2番手で登板したのが、ルーキーの大山だった。簡単に2死を奪ったものの、そこから2者連続四球。続く打者には2点適時打を浴び、走者を残したまま降板となった。
大山の後を受けた和田毅投手が1球で奈良間を三ゴロに打ち取り、見事な火消しを披露。前田純がプロ初勝利を挙げた一方で、大山は試合後に2軍降格を告げられた。傷心のまま戻った宿舎。右腕に声を掛けたのは和田だった。
「あそこで和田さんの話を聞かずに2軍に戻っていたら、多分すぐ(1軍に)戻りたいと焦っていたと思います。頑張ろうとしてピッチングも力んで、ガンガン投げちゃっていたと思うんですけど。その話を聞けたから……」
宿舎で大山が呼ばれたのは和田の部屋だった。プロ初勝利を挙げた前田純を数人で祝おうと和田が急きょ企画し、大山にも声が掛かったそうだ。お祝いの席ではありながらも、ベテラン左腕はいろんな話をしてくれたという。
「9回に投げて負けた試合(プロ初黒星を喫した9月4日の日ハム戦)。そのあたりから、どうしても思ってる以上に力んで投げていた部分がありました。勝ち(リードした展開)で投げたりしていたんで、そこからもう疲労も抜けなくなり始めて、フォームも崩れてきたので。その力みをどう抜こうかなっていろいろ工夫はしてたんですけど、やっぱりなかなかうまくいかなかったんです。それで、和田さんとフォームの細かいところの話になったんですけど、それがやっぱり経験の差というか。頭の柔軟性がすごいなって思いましたね」
ルーキーながらここまで奮闘してきた大山は「激闘の1年でした」と振り返る。1軍で18試合に登板し、1勝1敗。「こんなにずっと1軍で投げるとは、最初は正直思ってなかったですね」と想像を超える1年目だった。プロ初勝利も初黒星も経験したが、言い換えれば勝敗が左右されるような場面を託されるようになった信頼の証でもある。
しかし、8月に入ると思うように力を発揮できず、3試合に登板して防御率9.00と打ちこまれるケースが目立っていた。「コンディションの部分ですね、ほぼほぼ」と、疲労の影響を認めざるを得なかった。疲労感は1日休めば抜けるというが、計り知れない緊張感の中で過ごす1軍生活は、想像以上に負担が大きかった。「全然違いますね。試合で投げなかった日でも、ここでいくかもっていうタイミングが来ると、結局(ブルペンで準備するので)。毎日回復せず、難しいですね」。
大山の悩みを見抜いた和田は、それに対するアイデアを出してくれた。「それが自分の考えてることと一致していたんで、すごく腑に落ちて」と頷いた。何を聞いても、どんな言葉を投げ掛けても、底知れぬ引き出しから、様々な言葉で返してくれた。時に優しく、時に厳しく後輩に寄り添ってくれる。ルーキー右腕は和田との時間を「(前田純の)お祝いでちょっと飲みながらだったんですけど、人生で一番有意義な飲みの時間でした」と充実感たっぷりに語った。
シーズン最終盤での降格。ポストシーズンも目の前だっただけに、「めっちゃ悔しいです。ここからじゃないですか。やっぱり悔しいのもあるし、自分の現実、現状を知れました」。唇をかみしめながらも、「やっぱり経験がすごく大事だなって思います。これから経験を積んでって、それと比例して考え方もだいぶ変わってくると思うんで」。1年目から大きな壁に直面できたことに感謝をしつつ、成長のチャンスだと受け止めた。
2軍降格を告げられた夜が、前を向ける夜へと変わった。和田と過ごした時間を胸に、更なるレベルアップを誓う。
(上杉あずさ / Azusa Uesugi)