人生で初めて言われた「下手くそ」 前田悠伍がプロ入りして知った“自分の姿”

ソフトバンク・前田悠伍【写真:竹村岳】
ソフトバンク・前田悠伍【写真:竹村岳】

実戦登板で感じている真っすぐの質の重要性「チェンジアップが生きてこない」

 鷹フルでは今季の月イチ連載として、ドラフト1位ルーキーの前田悠伍投手を深堀していきます。今回は「感じたプロ野球のレベル」。大阪桐蔭のエースとして、野球日本代表「侍ジャパン」高校代表のエースとして、世代を牽引してきた左腕が人生で初めて言われた「下手くそ」。今、何を感じ、どんなことに取り組んでいるのでしょうか。

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 人生で初めて突きつけられた言葉だった。中学時代に世界一を経験するなど、常に世代ナンバーワン投手として突っ走ってきた。ドラフト1位でホークスに入団し、大きな期待を背負う左腕が、ハッとさせられた瞬間があった。

「やっぱり下手くそやな」

 声の主は奥村政稔4軍ファーム投手コーチ補佐だ。プロデビュー戦となった4月20日のウエスタン・リーグ広島戦は自らのフィールディングミスなどで2点を失っていた。奥村コーチ補佐のノックを受けていた際に、ゲキを飛ばされた。

 常に世代のトップを走ってくるなかで、「下手くそ」なんて言われた記憶はなかった。奥村コーチは「このドラ1、フィールディング下手くそっすよ。『前田悠伍の弱点』で記事、出してくださいよ」と愛あるイジりを口にする。前田悠も「ちょっと苦手なんで、練習しないと……」と現実を受け止める。

「自分の姿を知ったというか……。高校の時に(フィールディングに)苦手意識とかあまりなかったんですけど、改めてプロのスピードやプロの打球ってなったら違うものがあった。そこでやっぱりまだまだなんだなっていうふうに思ったので、しっかり受け止めることはできました」

 実際に2軍戦登板も経験し、プロのレベルを実際に感じた。ドラフト1位とはいえ、高卒ルーキー。プロで戦っていくために、己に足りない部分を知らしめられた。「(奥村コーチの言う)その通りなんですけど……練習したら絶対に守備は上手くなるって言われたんで、コツコツ練習していくしかないって感じです」。自身の力不足を認め、進歩していこうという意志を感じさせた。

 初登板の報告に行った際、斉藤和巳4軍監督にも「いい経験したんじゃないか?」と説かれた。「フィールディングミスとか、そういったところがやっぱり1番失点に繋がるってことは言われました。これからももっともっと自分に厳しくやってこうと思いました」。首脳陣にも愛情と厳しさを持って指導されながら、日々を過ごしている。

 大事にしていることがある。「やっぱりキャッチボールですね」。新人合同自主トレの時にも、キャッチボールが「一番難しい」「簡単そうで難しい」と語っていた。母校・大阪桐蔭の西谷浩一監督から説かれた“キャッチボールの重要性”は、ブレずに今も大切にしている“原点”のようなものだ。

「ピッチング以外で投げると言ったらキャッチボールなので、キャッチボールを1球1球、大事にしています。あとは個別の時間に体幹とかもやって、ピッチングに繋がる練習をしっかりやっています。それプラス、ピッチング以外のフィールディングなんかもしっかりやるようにしています」

 自身が取り組むべき課題が次から次へと言葉になって出てくる。やるべきことが頭の中で明確に整理されている証でもあるだろう。1月の新人合同自主トレが始まってから4か月が経っても、自信になったことは「実際まだないです」とこぼす。

「高校の時はチェンジアップとかが得意球というか、三振を取る決め球だったんですけど、真っすぐがプロ野球の平均で言うとどうしても遅いので、チェンジアップが生きてこないっていうのが現状です」。ここまで2軍での真っすぐの平均球速は140キロ前後。“高速化”の進むプロ野球の世界では速いわけではなく、真っすぐとの緩急を生かすチェンジアップが相手打者にあまり効いていないという。

 まだ、実戦に登板したのは数試合とはいえ、プロのレベルの高さをヒシヒシと感じている。倉野信次1軍投手コーチ(チーフ)兼ヘッドコーディネーター(投手)から指南されたのは“直球”の重要性。「真っすぐを磨くというか、1球1球全力で投げるところを言われています。ヒットを打たれたり、四球を出したりしてもいいから、とにかく真っすぐのスピードであったり、質とか伸びとか、そういうところを上げていけば、変化球も生きてくると言われたので。本当に今は真っすぐを上げるって感じです」と説明する。

 真っすぐの質を磨いていけば、最大の武器であるチェンジアップも生きてくるもの。プロで戦うために必要な、土台をいま築き上げている。倉野コーチからも「今のままでは1軍では簡単に打たれてしまう」とも言われた。1軍で活躍するためには真っすぐのレベルの高さは必要不可欠。冷静に受け止めて課題に向き合おうとしている。

 5月19日に行われたウエスタン・リーグの広島戦(由宇)では先発して4回を投げ、5安打無失点と好投した。「とにかく今は真っすぐにこだわってやっている段階です。全力で投げるようにっていうのを心がけてやっています」。肌で感じる“プロ野球”の厳しさ。目の前に立ちはだかる壁を1つずつ乗り越えていくため、前田悠は黙々と現実と課題に向き合っていく。

(上杉あずさ / Azusa Uesugi)