「今回は断ろうと思う」見送られた弟子入り いなくなった2人の“師匠”…山崎琢磨が誓う奮起

ソフトバンク・山崎琢磨(左)と奥村政稔コーチ【写真:上杉あずさ】
ソフトバンク・山崎琢磨(左)と奥村政稔コーチ【写真:上杉あずさ】

高3夏の県大会決勝で“ノーノー”…3年目の山崎琢磨が語る「森さんや奥村さん」

 活躍を、元気な姿を届けたい人がいる。憧れの先輩の背中を追い、気持ち新たに3年目に挑んでいる。石見智翠館高校から2021年育成ドラフト7巡目指名を受けてソフトバンク入りした山崎琢磨投手だ。高校時代は3年夏の島根県大会決勝でノーヒットノーランの偉業も成し遂げ、エースとして同校を甲子園ベスト8に導いた。

 ただ、プロ入り後は1年目の7月にトミー・ジョン手術を受けた。長いリハビリを乗り越えて、今春にようやく復帰した。プロ生活のほとんどをリハビリ組で過ごしてきた山崎が昨秋、ポツリと言った。「師匠、2人ともいなくなっちゃったっす」。寂しそうな表情を見せた山崎が慕う“師匠”とは――。

 今季からDeNAでプレーする森唯斗投手と、今季から4軍ファーム投手コーチ補佐になった奥村政稔コーチのことだ。同時期に過ごしたリハビリ生活の中で、可愛がってもらった“兄貴分”の2人。奥村コーチは現役だった2022年9月に右肘を手術して以降、約半年のリハビリ生活を送った。森は2023年2月のキャンプ初日に右の内転筋を痛めてリハビリ組に。当時の2人にとっては痛い離脱だったが、山崎にとっては大きな出会いとなった。

 まずは奥村コーチと話すようになった。キャッチボールをともにした時、奥村コーチは「良い球投げるな」と思ったという。森がリハビリ組に合流した時、奥村コーチが山崎に「森さんにキャッチボールお願いしてみ」と“アシスト”。思い切って森に話しかけると「おう! やるか!」と快く頷いてくれた。山崎はその日は軽めのメニューが組まれていたにも関わらず、熱が入っていく。ガンガン強い球を投げ込んでいると、森は「ええ球投げるやん」と褒めてくれた。1年目に手術し、プロ入り後、まだ何の実績もなかった山崎にとって、森の言葉は大きな励みとなった。

 以降、森は自分を気に掛けてくれた。時々アドバイスをくれたり、食事に連れていってもらったりもした。「僕が高校生の時から憧れていた選手でもあったので、最初はどう接していいのか分からなくて」とドキドキだった当時の心境を明かす。昨オフ、そんな師匠たちが立て続けにチームを去ることになった。山崎は寂しかったが「もしかしたら1人で頑張れっていう合図かもしれない」と受け止め、3年目に向けて強い決意を抱いた。

 奥村コーチは今季から指導者に就任した。山崎は「選手の時はちょっと怖かったんですけど(笑)。『また一緒に頑張ろう』って感じで言われて嬉しかったです。僕の個別練習の時とか、一緒にブルペンでキャッチボールをしてくれたり。ブルペンに慣れるためにずっと一緒に練習してくれて」と感謝する。奥村コーチも肘の手術歴があるからこそ「焦んなって言っても焦りますからね。もう焦らず焦るって感じ」と寄り添う。手術明けのもどかしさと育成選手の置かれた立場、両方を理解しているからこそ、愛のある厳しさで接してきた。

「悔いが残らんようにしてほしいですね。トレーナーやこっちサイドから『もっとやれ』とは言えない。ちょっとブレーキにはなりますけど、アクセル踏むのはアイツなんで。そこでどれだけ自分でアクセル踏めるかっていうのはね、山崎にもずっと言っているので。実力的な問題じゃなくて、いつ野球ができなくなるかわからない。例えば、今日の練習を適当にやって、明日事故にあって体が動かんくなった時に『自分は1日やりきったんだって言えるぐらいやれ』とは言っているんで、それをあいつがどう受け止めるか」

 コーチになったからと言って、伝える言葉は大きく変わっていない。現役時代からの面倒見の良い“兄貴分”は、常々喝を入れてくれる。先日、1年8か月ぶりに打撃投手に登板した山崎。「全然でした」と困難は続くが、前を向いて進もうと思えているのには、2人の偉大さと自分の未熟さを思い知っているからだ。

「落ち込むとかそんなどころじゃなかった。自分は怪我して落ち込んで、ちょっと痛くなったら落ち込んでの繰り返しでした。でも、それ以外に強くなれる部分、怪我したからこそ鍛えられることもある。気持ちの持ち方とかも含めてまだまだ子どもでした。森さんや奥村さんは、落ち込むとかもうそんな考えすらなかったと思います」

DeNA・森唯斗【写真:小池義弘】
DeNA・森唯斗【写真:小池義弘】

 実は、オフに森の自主トレに参加を希望していた山崎。ところが、奥村コーチはこう明かす。「ちょっとアイツも去年気持ちが落ちた時期があったんで、森さんが『今回は断ろうと思う』って。自分も『いいと思いますよ』って。山崎にも『お前が今年真剣にやって頑張ったら、俺からも森さんに今年の山崎違いますよって売り込むけん、来年は森さんの自主トレ行けるようにしような』って話したんです」。今回は見送られたが、厳しさは愛情だということは山崎が一番よくわかっている。

 昨シーズンの後半、リハビリが順調に行かず、気持ちが落ち込んだ時期があった。その情報は森の耳にも入っていた。「死ぬ気でやる」と野球人生を掛けていた森としては、気持ちが足りない選手を受け入れる余裕はなく、今回の自主トレ参加は叶わなかった。奥村コーチはこの経験さえも、山崎が成長する糧になると考えている。20歳の選手が気持ちの波なくリハビリに励むのは、簡単なことではない。それでも、芯の強さを感じているからこそ、奥村コーチも向き合い、厳しい言葉で思いを伝え続けてきた。

 奥村コーチは山崎のことを「“今風”ではないと思いますよ。やっぱ厳しいことを言っても、跳ね返してくるというか。言ったら落ち込んだり沈んでしまう子もいますけど、やってやろうっていう根性あると思いますね」と語る。来年こそは森の自主トレに参加できるように、2人の“師匠”に胸を張れる1年を過ごしてみせる。

(上杉あずさ / Azusa Uesugi)