突然の指名だった“手締めの挨拶” 藤野恵音に託した斉藤和巳4軍監督の期待と愛情

ソフトバンク・藤野恵音【写真:上杉あずさ】
ソフトバンク・藤野恵音【写真:上杉あずさ】

「B組からC組に来たというのもあったし、いろいろ目についた選手でもある」

 まさかの斉藤和巳4軍監督から直々のご指名だった。当然、動揺もしたが、大きな財産にもなった。2月29日。ファーム施設「HAWKSベースボールパーク筑後」で行ってきたC組キャンプは最終日を迎えた。選手を代表して行う手締めの音頭。育成選手中心の筑後で、それを任されたのは藤野恵音内野手だった。

 朝の集合の段階ではまだ、誰か音頭をとるのか決まっていなかった。斉藤4軍監督が立候補を募ったが、誰も手を挙げずにしばしの沈黙。すかさず斉藤4軍監督が育成3年目の藤野の名前を挙げた。突然の指名に「人前で話すこと自体、あまり得意じゃない」という藤野は「真っ白になりました。頭抱えてしまいました」と動揺を隠せなかった。

 斉藤4軍監督は藤野を選んだ経緯をこう明かす。「手っ取り早いところで言ったら1番年上とか、そういうところを指名する案も出ましたけど、そんなありきたりは面白くない。意外なところでの選手を何人か出して、その何人かの中で藤野にさせたいなって。B組からC組に来たというのもあったし、いろいろ目についた選手でもある。藤野はあまりみんなの前で、ワーッと出るタイプでもないんで、そういう経験もいいかなと」と不敵に笑う。藤野の性格的なところまで読んでの人選。「(手締めまであと約)2時間あるから」。あえてプレッシャーをかけるかのように斉藤4軍監督は笑いかけた。

 藤野は練習中もどこか気が気ではない様子だった。「集合の時に言われたので、もう携帯は触れなくて動画は見られない。A組の手締めは動画で見ていたので、(周東)佑京さんが言ってたことをちょっと思い出しつつ、忘れているところもあったので。コーチの方に聞いたり、1回(加藤)晴空がやっていたんで晴空に聞いたりとかもしました」。限られた時間の中で情報収集しつつ自分なりに言葉を考えた。

 そして、いよいよその時がやってきた。

 藤野は緊張した面持ちで室内練習場のマウンドに上がると一呼吸置いて話し始めた。まず、監督、コーチ、スタッフの方々への感謝を述べ、さらにこう続けた。

「キャンプは今日で終わりますが、朝、斉藤和巳4軍監督が言った通り、ここで満足することなく、やりきったと思うことなく、今シーズン悔いのないように頑張っていきましょう。そして、C組の中からリーグ優勝、日本一に貢献できる選手が多く出るように頑張っていきましょう」

 力強い言葉で締めくくると、斉藤4軍監督は最高の笑顔と握手で藤野を出迎えた。藤野は「もうほんとに嫌だなぁと。正直、なんで自分なんだろうと思ってしまいました(笑)」と本音を溢しつつ「やる前は緊張していたんですけど、やってみたらいい経験になったなっていうのはめちゃくちゃ思います。殻を破れたかなというのはあります」と、清々しい表情で振り返った。

「本人は『100点中20点です』と言っていましたけど、ああやっていろいろ考えて、自分なりに話せたっていう時間が大事なんでね。緊張した時間を過ごしたっていうだけでもいいんじゃないですか」と斉藤4軍監督は頷く。全て狙い通りと言わんばかりだった。

 斉藤4軍監督といえば、このキャンプでB組からC組への“降格”を経験した藤野や山下恭吾内野手を気遣い、声を掛ける姿が印象的だった。

「野手に関してはね、結構入れ替えをしながら、刺激を与えていくっていう球団の考えもありますけど、本当に実力があればB組に残れたわけで。足りない部分とか他の選手との兼ね合いっていうところで、彼らが(降格するメンバーに)選出されてしまったっていうね。ただ、2軍に近い選手であるということは間違いないんで。彼らがその差をどう感じているかっていうのは、意識の違いとかもあるので、そういう話はキャンプ中に少ししました」

 大きな期待があり、乗り越えて欲しい壁、打ち破ってほしい殻があったからこそ、藤野にこの“大役”を託したのかもしれない。

(上杉あずさ / Azusa Uesugi)