苦しみ抜いたメンタルの不調「誰にも会いたくなかった」 どん底を経験した杉山一樹の覚悟

ソフトバンク・杉山一樹【写真:竹村岳】
ソフトバンク・杉山一樹【写真:竹村岳】

ワインドアップにしたのも「最後くらい、自分が好きな投げ方をしよう」

 衝撃の事実を告白した。思い悩み眠ることもできず、どん底にまで追い込まれた日々だ。ソフトバンクは3日、韓国・斗山ベアーズと練習試合(PayPayドーム)を行った。2番手で登板した杉山一樹投手が1回1失点。被弾するも3三振を奪う内容で「あれは打たれるべくして打たれてしまいました」と振り返る。首脳陣からの評価も少しずつ積み重ね始めた今を「自暴自棄になりがちなんですけど、今は迷いがない。ネガティブな考えは捨てました」と胸を張れる明確な理由がある。

 先発のカーター・スチュワート・ジュニア投手のバトンを受けて、4回からマウンドへ。先頭打者を直球で空振り三振。続く3番打者には左翼席にソロアーチを浴びるものの、後続も連続三振で切り抜けた。制球難に苦しむ姿はもうない。見守った小久保裕紀監督も「彼の場合も(課題は)四球だったので。そういう心配がなくなってきていますよね、ゾーンで勝負できるようになってきている」と、成長を感じ取っている。

 2023年は1軍登板なし。通算で88回1/3を投げて71四死球を与えるなど、制球面に課題を抱えていたが、克服できずにいた。春季キャンプからの好調を維持して、この日も被弾から崩れそうな雰囲気すらなかった。マウンドから自信がみなぎり始めているのは、そこから下はないというどん底まで経験したからだ。杉山はかつて、うつ病を患っていた。

「僕、うつ病になりました。自分では気がつかなかったんです。ストレス性の胃腸炎だとか、体調不良になってトレーナーに相談して、精神科に行きました。(診断名を聞いた時も)『でしょうね』って感じでした」

 時期は2022年。就任1年目だった藤本博史前監督からも開幕ローテーションを与えられたが、結果的に10試合に登板して1勝3敗、防御率6.80に終わる。唯一、白星を掴んだ5月8日のロッテ戦(ZOZOマリン)も5回4失点という結果で、42回1/3で26四球とマウンドでも自分と闘い続けた。「申し訳なかったですし、僕がチャンスをもらったばかりに他の選手のチャンスも奪われて、なのに結果も出せていなかったので……」。気を病むだけではなく、自分を追い込んだことはついに症状となって表れた。

「誰にも会いたくなかったですし、ベッドからも離れたくなかったです。本当にこれはなったらわかることなんですけど、筑後に行く時とかも、対向車線でバスが来るじゃないですか。『うわ、死ぬわ』って思うんです。それくらいには、やばいです。対向車がとにかく怖かったです」

 ベッドに入っても、眠れない。「家を朝7時に出るとするじゃないですか。そしたら、前の日は0時くらいにベッドに入る。でも目を瞑って、パッと開いたらもう5時とかなんです。記憶がある状態でずっとこう(寝返りを)していて……」。睡眠導入剤を就寝前に1日1錠服用、1日を終わらせるのも必死だった。「寝られますけど、もう“落ちる”って感じでした」。

ソフトバンク・杉山一樹【写真:藤浦一都】
ソフトバンク・杉山一樹【写真:藤浦一都】

 復活のきっかけは、覚悟を決めたこと。「極端な言い方ですけど“最後の登板だ”くらいの、それなら迷っている暇がない」という思いだけが、今の自分を突き動かしている。支えになったのは、同期入団の選手の存在。「個人的に仲良くさせてもらっているのは板東さんとか、泉さん、甲斐野さんとかです。(彼らの存在が)めちゃくちゃ刺激になっていました」と、テレビの向こうに映る晴れ舞台に戻りたいという気持ちだけは失わなかった。

 今年2月の春季キャンプ中。倉野信次1軍投手コーチ(チーフ)兼ヘッドコーディネーター(投手)に中継ぎを直訴した。「紅白戦のフィードバックをしている時に『何か言いたいことあるか』って。そこで中継ぎをやらせてくださいって言うと『その気持ちを言ってみろ』って」と、自分の思いを具体的に打ち明けることになった。その舞台裏こそ、腹を決めた瞬間だ。「『ダメならクビですからやらせてください』って言ったら『それくらいの覚悟なら』」と、方向性が明確に決まった。

ソフトバンク・杉山一樹【写真:竹村岳】
ソフトバンク・杉山一樹【写真:竹村岳】

 フォーム面の改善も積み重ねてきた。昨秋ごろから「まずは小手先になってもいいので狙ったところに投げる意識をして、だんだんと成功体験になるように投げてきました」と、一歩ずつストライクゾーンに投げる感覚を染み込ませてきた。明確な変化の1つが、ワインドアップ。「いろいろやりすぎて、スピードも出ないしコントロールも良くならない。もう終わりだと思って『最後くらい、自分が好きな投げ方をしよう』と思って始めました」。自信は少しずつ輪郭となっていった。

 開幕1軍入りの競争は、キャンプを終えたことでより本格化してきた。小久保監督はブルペン陣の競争について「かなりハイレベル」と表現していた。杉山も「ダメなら終わりですから、危機感はずっとあります」と、今はもう揺らがない思いがある。衝撃の過去を少しだけ笑顔で明かせたのも、助けてくれた人たちに恩返しがしたいから。1軍のマウンドで、自分を変えたいからだ。

(竹村岳 / Gaku Takemura)