唐突すぎた兄の引退、忘れられない母の後悔…西尾歩真が必ず渡したい“プレゼント”

ソフトバンク・西尾歩真【写真:竹村岳】
ソフトバンク・西尾歩真【写真:竹村岳】

年末年始は三重に帰省していた…大学時代に突如訪れた兄・優吾さんの“引退”

 筑後から地元まで、車で約800キロ。親孝行したい理由がある。母を後悔させたくない、自分だけの原動力だ。ソフトバンクの西尾歩真内野手を単独取材。「1軍に出ている姿をお母さんに見せたい」。自らを突き動かすもの、母・知美さんの後悔、家族との約束……。2年目を迎える直前、年末年始を実家で過ごしたことが、自分の新たなモチベーションとなった。

 三重県松阪市で生まれ育った。2歳上の兄・優吾さんの背中を追うように、岐阜の中京学院大中京高に進学。2016年夏の1度だけともに甲子園を目指したが、兄がベンチ入りできなかったことは、今も弟・歩真の原動力にもなっている。2018年、3年夏は県大会の準々決勝で敗れ、青春が終わった。中京学院大ではリーグ戦で打率4割超えを3度記録するなど、バットコントロールを発揮。身長167センチの小兵ながらも、2022年の育成13位で、ホークスのユニホームに袖を通した。

 1年目の2023年は、ウエスタン・リーグで70試合に出場。二遊間を守りながら、残した成績は打率.228、14打点、出塁率.316。「力が足りなさすぎた」と結果と内容を受け止める。年末年始は三重に帰省した。7月の連休以来の地元で、両親の存在を再確認したことが、疲れた自分を癒してくれた。「いいところを見せたいなって思います。それが一番です」――。

「頑張ろうって思えたのは、家に帰ってお父さん、お母さんにいろんな野球の話をしたことですね。自分は大学まで続けさせてもらったんですけど、結構お母さんがこっちまで見に来てくれるんです。1軍に出ている姿をお母さんに見せたいなっていうか。土日休みで平日はなかなか来られないんですけど、小さい頃からお母さんは試合を見に来てくれて、見られる時は『野球見たい』と言って、来てくれていました」

 知美さんには、忘れられない後悔がある。西尾いわく「兄(優吾さん)はずっとベンチに入っていたんですけど、高校3年の夏の時、怪我をしてしまった。お母さんもベンチに入ると思って、練習試合とかあまり行っていなかったみたいなんです。『まだ(プレーを見る)機会がある』と思って。兄は大学も野球で行ったんですけど、途中でやめたんです」。突如にしてやってきた兄の“引退”。息子がグラウンドで全力を楽しむ姿は、急に見られなくなった。あまりにも唐突すぎた。弟・歩真が背負うのは、家族からの期待と、親孝行したい思いだ。

「『いきなり息子が野球する姿は見られなくなるかもしれないから』、『後悔が残らないように』って言って、結構見に来てくれるんです。やっぱりお母さんが見に来てくれるとやる気になるというか、いいところを見せたいなって思います。それが一番です」

 昨年12月には兄・優吾さんの結婚式に出席した。「春には子どもが生まれるみたいです」と、歩真は叔父さんになる予定だ。親族一同が集まった場では「頑張れ」と声をかけてもらったが、「まだ育成で……。『頑張れ』って言ってもらっても恥ずかしかったです。やっぱり支配下になりたいなって。サインを書く恥ずかしさとかはないですけど、試合に出ていて3桁っていうのは恥ずかしく思いました」と、決意は新たになった。

 大学1年生の時、初めてアルバイトをした。焼肉チェーン店「あみやき亭」。時給は1095円、キッチンで「ビビンバとか、ワカメスープとか作ってました」と笑いながら振り返る。お金を稼ぐ大変さを初めて知って、親孝行をしたくて両親のために枕を買った。「今よりもお金ないのにね」と照れ笑いする。「そんな高いものじゃないですよ」と言うが、息子からのプレゼントというだけで両親にとっては宝物。大学に行っているのだから、部活動だけではなく、何事にも全力な4年間を過ごした。

 昨年7月に帰省した時も、祖父母に会うことが目的だったそう。シーズンを終えて、久しぶりの帰省。実家の変化は当然、気づくものだ。育成なので自分のグッズはまだ少ないが、「お母さんが結構グッズを買ったりしていました。育成なのであんまりないんですけど、出たらそれは買っていましたね」。しかし、ユニホームだけは「『あんたにもらう』とか言って、買っていなかったです」と言う。下積み時代をともにする170番への思い入れも強いが、母に送るのなら当然、2桁のユニホームをプレゼントしたい。言葉はいらない2人だけの“約束”だ。

 キャンプの振り分けが発表され、西尾はA組・B組の宮崎組に西尾は入れなかった。育成選手ですら激しすぎる“倍率”。下から始まるのなら、あとは上がっていくだけだ。「段階があるので、まずは支配下。1軍でプレーする姿を見せたいですけど、支配下登録されるところを見せたいです」。野球に真っ直ぐ、優しく生きていく。誰よりも喜ばせたい家族がいるから。

(竹村岳 / Gaku Takemura)