「央にはいてほしい」人的補償に“本音”…全てを察した不在着信 板東湧梧から甲斐野への感謝

西武に移籍した甲斐野央(左)とソフトバンク・板東湧梧【写真:本人提供】
西武に移籍した甲斐野央(左)とソフトバンク・板東湧梧【写真:本人提供】

甲斐野央の人的補償での移籍…板東湧梧は2018年ドラフトの同期入団

 促されて、ポケットの中のスマートフォンを見た。緑色の通知が1件。不在着信だった。「まさか……」。言葉を失う。甲斐野央投手の移籍について、板東湧梧投手は「まずはビックリしたのと、一番は寂しい気持ちです」と胸中を語った。偽りのないリスペクトと感謝の言葉。甲斐野の存在を「憧れ」とも表現した。人的補償を知った時の具体的なシチュエーションとは――。

 昨年12月19日、球団から山川穂高内野手の獲得が発表された。西武から国内FA権を行使しての移籍。山川の年俸はAランクと見られ、人的補償が発生した。獲得の発表から23日が経った1月11日、甲斐野が指名されたことが発表。「ドラフト1位で獲ってもらったものの、期待に沿えるような活躍はできなかったと思いますが、チームメート、監督、コーチ、スタッフ、フロントの皆さんには温かく見守ってもらい感謝しています」と、甲斐野らしいコメントを残していた。

 2018年ドラフト1位で東洋大から入団。甲斐野は1996年生まれ。同級生同士の横の繋がりは非常に強く、同級生会もよく行われていることを耳にするが、同期入団の選手たちも関係性は深い。板東は2018年ドラフト4位でJR東日本から入団。1年目の2019年、自身はは同期の投手の中で唯一、1軍登板がなかった。一方で甲斐野は65試合に登板。1歳年下の甲斐野の姿を、どのように見守っていたのか。

「1年目からフル回転して、侍ジャパンでも大活躍して、遠い存在になったなっていう、何歩も先を行かれたなっていう存在だったんです。でも、ああいう人柄じゃないですか。本当に人として、みんながこんなに親しんでいる選手はなかなかいないんじゃないですか。だから、移籍するってなった時にみんなが寂しがってSNSに央を載せて。やっぱり失ってというか、いなくなって改めて感じることがありました」

 人的補償が発表された1月11日、和田毅投手との自主トレは休日。板東も嘉弥真新也投手、藤井皓哉投手らと外出していた。「誰かから、電話かかってきてた?」。そう嘉弥真に聞かれる。「あ、甲斐野から不在着信が入っています」と答えると「言っといてって言われたんやけど……」と、嘉弥真の口から第一報を知った。板東にとっても驚きを隠せないニュースで「最初に『甲斐野やわ』って言われて『え!? 和田さんとセットなんですか!?』って。テンパりすぎて(苦笑い)。そこで和田さんじゃないって聞きました」と明かす。

「寂しいですね。外れたら取られるだろうなっていう選手だと思いました。同期で入ってきて“まさか”っていうのはありますね」と、受け止める。昨年11月下旬、板東は甲斐野、泉圭輔投手、高橋礼投手と4人でゴルフへ。ホークスと巨人の2対2で、スコアを争って火花を散らした。「僕、泉とか礼とか仲良いメンバーがどんどんいなくなる中で甲斐野と2人で『ホークスメンバー、俺らだけになるな』みたいな話もしていたので……。まさかです」。関係の深い選手がまた1人、ホークスを去ることになった。

 発表の日、甲斐野からの不在着信に気がついて、かけ直した。電話の向こうで甲斐野が出る。2人の第一声は「寂しいね」。ぶつかるように同じ言葉が被り、また笑った。すぐに甲斐野と「『どっちが稼ぐか勝負やね』って、ふざけて言い合った。僕らは本当に負けず嫌いで、どんなことも“勝負”にしてきたので。グラウンドでも会うでしょうし、勝ちたいですね」と、約束を交わした。2024年の2人の推定年俸は4000万円。「僕らもサインする前からそんな話をしていたんです」。どんな時も負けたくない相手だ。

ソフトバンク・板東湧梧【写真:竹村岳】
ソフトバンク・板東湧梧【写真:竹村岳】

 甲斐野との関係が深まったのは、2020年のオフだった。同年10月に板東が、12月に甲斐野が右肘の手術を受け、同じ時期にリハビリを経験した。「1軍を、世界を経験した選手。同期ですし、あの人柄で僕自身も助けられた部分はたくさんあります」と、甲斐野が隣にいたから頑張れた。西武への移籍が決まった時も「SNSに何か載せようといろんな写真を見返したら、どれ見ても面白いなあいつは、って余計に寂しくなりました」と、今も自分の中で生き続ける甲斐野との大切な思い出だ。

 ドラフトにおける同期入団。どの世代でも、1位指名の選手は特別だ。板東も「どうなろうと、甲斐野が僕らの代表です」とうなずく。甲斐野からの呼ばれ方は「“板さん”ですかね。たまに“バンチー”とか呼ばれます(笑)。基本は板東さん、ですかね」と笑って語る。常に追いかけてきた背中。推定年俸だけでも並んだことは嬉しかった。「同期の中でも飛び抜けていましたし、憧れのような感じでした」。これからは真剣勝負で戦う相手となるが、甲斐野だからこそ、輝き続けてほしい気持ちは変わらない。

「僕らからすると、やっぱり央にはいてほしいというか。負けたくなくても、どこか一緒で、上にいてほしい気持ちもあるんですよね。それこそ憧れというか、そういうのもあるので悔しいですし、寂しいですね。応援したくなるような選手でしたし、これからもそうだと思います」

 一番に負けたくない相手でもあり、一番でいてほしい思いもある。板東湧梧と甲斐野央、リスペクトで成り立つ2人の関係は、尊く、美しかった。

(竹村岳 / Gaku Takemura)