同級生の戦力外…渡邊佑樹「覚悟はできていた」 決意新たにした小久保監督と“サシ”の時間

ソフトバンク・渡邊佑樹【写真:竹村岳】
ソフトバンク・渡邊佑樹【写真:竹村岳】

ホークス2年目の育成左腕「年末年始は山梨で」

 決意を新たに、福岡に戻ってきた。ソフトバンクの渡邊佑樹投手が、ファーム施設「HAWKS ベースボールパーク筑後」で自主トレをスタートさせている。ホークスのユニホームに袖を通して2年目、まさに勝負の年だ。「年末年始は山梨で、何をしたわけではないですけど家にいました。すぐ終わりましたね」。昨季を振り返って明かしたのは、戦力外通告を覚悟していたこと。オフにおける動向を、自らの言葉で語った。

 山梨県出身で、周東佑京内野手と同級生にあたる1995年11月生まれ。横浜商科大から2017年ドラフト4位指名を受けて、楽天に入団した。2020年オフに育成契約を結び、2022年オフには戦力外通告を受けた。ホークスと再び育成契約を締結して、昨季はウエスタン・リーグで21試合に登板して2勝1敗、防御率3.15に終わった。

 昨年は支配下選手は67人で開幕した。結果的に育成から支配下登録を勝ち取ったのは、木村光投手だた1人。厚い選手層に阻まれ続けた。オフの戦力整備では、森唯斗投手や嘉弥真新也投手ら、実績のある投手が構想外となってホークスを去っていった。28歳の渡邊佑にとっても、他人事に思えるはずがなかった。

「僕の同じ年も“そういう年齢”でもありますし、そこはもうそういう世界ですから、仕方ないかなっていう……。自分がそうなった時に、やり切ったなって思えるようにやらないといけないなって改めて思いました。もし自分が(戦力外を)言われても覚悟はできていましたし、それはそれで仕方ないかなと思います。でも契約をしてもらえるということで、今年は精一杯やらないと」

 昨季のウエスタン・リーグ。戦力外となり球団職員に転身する椎野新投手は、29試合に登板して防御率1.16。今季から育成契約となった古川侑利投手なら34試合に登板して防御率1.43と、確実に結果を残していた。「泉(圭輔)がトレードに呼ばれたのもびっくりしましたし、椎野とか古川も同級生で、結果も出して、2軍じゃ“やることない”くらいの成績だったのでびっくりでした」と次々と届いたニュースに驚きを隠せずにいた。

 11月5日に日本シリーズが終わり、その翌日に戦力外通告の期間が終わった。渡邊佑の契約更改は11月下旬だったといい「電話があって、その前に『この日に契約更改ね』と言われていたので、そこで日にちを知りました」と明かす。「1次、2次(の戦力外)でも呼ばれなかったので、これはさすがに」と、2024年もプロ野球選手でいられる気持ちの準備が、ようやく完全にできた。

 昨年の7月31日、育成選手の登録期限が終わった。戦力外になることを覚悟しつつも、渡邊佑は昨年8月に「この期間も大事。この経験を無駄にしない方が絶対にいいので」とモチベーションを失わずにいた。秋以降の取り組みについても「しっかり来年(2024年)があると思って、来年のために体作りをしていました。契約してもらってからも目標は変えずに、支配下になれるイメージをして夏以降も過ごしていました」と振り返る。

 前だけを見る左腕に、思わぬ機会が訪れていた。昨年の夏場、ファーム施設の寮内での出来事。当時2軍監督だった小久保裕紀新監督と、風呂場でバッタリ遭遇した。突然やってきた、初めての1対1の時間。「『希少な左のサイドだし、しっかり頑張っておけよ』という言葉をもらいました。お風呂で一緒になったのはたまたまだったんですけど」。渡邊佑からの返事は「わかりました」。選手1人1人の未来が輝くことだけを考えている小久保新監督からの言葉だから、モチベーションを失わずにいられた。

「(小久保新監督は)選手のためを思ってやってくれる人ですし、選手も『小久保さんのために』と2軍でもやっていたので。すごく慕われている印象です。僕も半年くらい2軍でやらせてもらって『小久保さんのために』という思いがありますし、そのためには自分が支配下にならないといけないので、まずはそこですね」

 コーチを“1個飛ばし”にしないことを信条とする小久保新監督は、選手とダイレクトでアプローチをする機会がそもそも少ない。ましてや投手と、野手出身の指揮官。「あまり野球のことを話す機会はなかったんですけど、そうやって思ってもらっていることは、僕も頑張らないといけないなと思いました」。ファーム選手権では、小久保新監督の胴上げに自分も加わっていた。あの歓喜を今度は1軍で、そして自分自身が戦力として貢献していたい。

「(対左の)ワンポイントもそうですし、2イニングや3イニング、敗戦処理というところからやっていかないといけない。何でも屋としてやっていけるように。今年は本当にラストだと思っているので、自分の中で。スタートから自分の力を出せれば」。やり切ったと思える2024年にする。全てが終わった後に、後悔しないために。

(竹村岳 / Gaku Takemura)