「小久保さんを胴上げしたい」 森唯斗が上げた2軍の士気…監督に1度だけ許された“ワガママ”

ソフトバンク・森唯斗と小久保裕紀2軍監督【写真:上杉あずさ】
ソフトバンク・森唯斗と小久保裕紀2軍監督【写真:上杉あずさ】

小久保2軍監督も「いい影響を与えてくれた」と感謝…森との間に生まれた絆

 ソフトバンクの2軍は9月29日、ウエスタン・リーグの優勝を決めた。小久保裕紀2軍監督にとって、就任2年目で初優勝。その中で貢献したのが、森唯斗投手の存在だろう。成績はもちろん、言動で後輩選手を力強く引っ張ってきたからだ。リリーフから本格的に先発に挑戦した今シーズン。2軍降格となったことで「小久保さんを胴上げしたい」と、自らに立てた誓いに真っすぐに生きてきた。

 2013年ドラフト2位でプロ入りした森と、2012年に現役を引退した指揮官。同じ時期にユニホームを着ることがなかった2人の距離が近づいたのは、2021年のシーズン前だった。同年から1軍のヘッドコーチに就任した小久保監督と、食事をともにする機会があったという。「そこが初めてで、色々とコミュニケーションを取らせてもらいました」と、野球談話を進めながら関係がスタートした。

 森にとって10年目となった2023年。昨季終盤から本格的な先発転向を掲げ、オフからトレーニングを積んできた。春季キャンプでは初日から107球のブルペン投球を行ったものの、右内転筋を痛めて離脱。開幕ローテーション入りを逃すと、5月にも同箇所を痛めるなど、ファームで過ごす時間が長かった。そんな中でも前を向かせてくれたのが、小久保裕紀2軍監督だった。

 春季キャンプ中の離脱は森にとってもショックだったはず。それでもファーム施設に午前7時に姿を見せれば、全体練習の前から体を温めて、準備を重ねた。登板が週に1回の先発投手。「悔いのないように、何かを変えないといけないと自分でも思った」と、限られたチャンスに向き合ってきた。実績のある右腕だが、指揮官も「2軍でも、決めたルールはやってくれ」と模範的な姿を求め、森も応えてきた。

ソフトバンク・森唯斗【写真:竹村岳】
ソフトバンク・森唯斗【写真:竹村岳】

 どの選手にも共通する目的は、1軍の戦力になること。2軍はその準備の場、育成をする場であり、勝敗の優先度も高くない。自分のために時間を使ってもいい場所だとしても、後輩のために背中を見せ続けた。その思考と姿に、森唯斗の生き様がにじむ。春季キャンプの離脱から回復して、3月に2軍に合流できた時、自分の中に立てた誓いに、純粋に生きてきた。

「やっぱり2軍に行った時は『小久保さんを胴上げしたい』という思いでした。2軍ですけど、それは少なからず思っていました」

 1軍に呼ばれるためには、2軍の結果は必須。自身が結果を出すための1つとして「2軍の優勝」をモチベーションにしたが、小久保監督だからより一層、優勝への思いは強くなった。「小久保さんは『育成の場』というふうに言っていますけど、僕の中では勝ちたいっていうのは強かった。裏切らないピッチングをしたいと心がけていました」と、結果と内容の両輪を求めてきたつもりだ。

「1軍で結果を残せないと意味がないですし、自分の中では、2軍の結果が良ければ呼ばれるチャンスは絶対にあると思っていたので。そこで胴上げしたいという気持ちがなくなったら、勝負にならないと思う。絶対に結果を残すためにも、そういう思いは持ってやっていました」

ソフトバンク・森唯斗【写真:荒川祐史】
ソフトバンク・森唯斗【写真:荒川祐史】

 午前7時から準備することは「自分のためでした」。後輩に向けたメッセージ……というわけではなかったが、指揮官がメディアの前で「若い選手に参考にしてほしい」と発言してくれることが、またモチベーションになった。普段のコミュニケーションを含めて「見てくれる人は見てくれている。僕は(小久保2軍監督に)ついていきたいって思います」とキッパリ言う。常に選手の姿勢と、努力を見てくれることが何よりもうれしかった。この人を優勝させたいと、心から思えた。

 小久保2軍監督にとっても、忘れられない試合がある。4月20日のオリックス戦(タマスタ筑後)。先発の森は7回3失点、自責0ながらも打線が無得点に終わり、黒星がついた。3回2死一塁、左中間への打球を左翼の生海外野手と中堅の緒方理貢内野手が交錯し、ピンチが広がる。続く山足に3ランを浴びた。森は「自分の責任です」と若手たちを責めなかったが、小久保2軍監督はハッキリと言った。

「それを怒っている時にウルウルきてしまいましたね。腹立って。悔しくてというか、森に申し訳なくて。それくらいの取り組みを森はしていましたから。それはハッキリと言いました。『朝の7時から来て準備をしている。お前らそれ責任取れんのか』って、生海には言いましたけど」

 生海本人も試合後、厳しい言葉をかけられたと振り返る。「唯斗さんは人一倍準備して、一戦にかけている。『あのくらいの選手があれだけの準備をしているのに、自分たちは……』っていう話をされました」と、今も胸にある言葉だ。一戦一戦に対する気迫、そして徹底した準備。プロとして模範的な姿を見せてくれた。指揮官も「それは、いい影響を与えてくれたかなって思いますね」と感謝しかない。

ソフトバンク・生海と小久保裕紀2軍監督【写真:竹村岳】
ソフトバンク・生海と小久保裕紀2軍監督【写真:竹村岳】

 1度だけ“ワガママ”も許してもらった。8月19日の西武戦(PayPayドーム)、デニス・サファテ氏が来日した。2軍は午後5時開始のナイターだったが、森は小久保監督に、サファテ氏に会いに行かせてくださいとお願いした。「練習が終わって『早く帰らせてください』とは前々からお願いしていて。それはOKをいただきました」。指揮官も、森の願いを快諾。そんな器の大きさも、指揮官を胴上げしたいという思いにつながった。

 首位のオリックスと1.5差で迎えた8月18日からの3連戦。「ここがターニングポイントだと思った」と、3連勝すれば投手会の開催を提案し、選手を鼓舞した。結果は、見事に3タテ。首位に浮上し、約束通り26日に筑後市内で投手会が行われた。「チームが“ガン”って一丸になったと思いますし、良かったです」。1軍でも2軍でも、先輩として背中を見せる。自分の状況によって左右されない信念が、森と小久保2軍監督をつないでいた。

 ウエスタン・リーグ優勝を決めた9月29日、試合直後の歓喜の輪には森も加わっていた。“自撮り”した指揮官とのツーショット。忘れられない、貴重な1枚となった。

(竹村岳 / Gaku Takemura)