【連載・甲斐拓也】危惧する育成選手の“危機意識”の薄さ 10年前と全く違う育成事情

ソフトバンク・甲斐拓也【写真:藤浦一都】
ソフトバンク・甲斐拓也【写真:藤浦一都】

「上手くなりたいんだろ、それで怪我してしまったら仕方ないだろって感じだった」

 鷹フルがお届けする主力4選手による月イチ連載、甲斐拓也選手の「8月後編」です。今回のテーマは「育成選手」。プロ野球界は7月31日で今季の支配下登録期限を迎えました。育成選手にとってシーズンで節目となるタイミング。育成選手から球界を代表する捕手となった甲斐選手が育成時代を振り返り、今の育成選手たちとの違いや思うことを語りました。

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「今の子たちはプロ野球選手ですよね。もう全て、プロ野球選手として扱われていますよね。僕らの時とは全然違います」

 7月31日に今年の支配下登録期限を迎えた。この先の支配下登録はできず、育成選手にとってはシーズン中の支配下昇格の可能性がなくなったことになる。ホークスで今季、支配下昇格を果たしたのは、育成3巡目ルーキーの木村光投手ただ1人だった。

 2010年の育成ドラフト6巡目でホークスに入団した甲斐も、この7月末日は3度経験した。「正直、そこのラインに立っているかどうかっていうのは、わかるじゃないですか。そういったラインにいるときっていうのは(期限のことは)考えていましたね」。ただシーズン中の昇格はなし。支配下登録を勝ち取ったのは、3年目の2014年を終えたオフになってからだった。

 当時の育成選手は、今ほど恵まれたものではなかった。本格的に3軍制が導入された初年度で育成選手たちが住む寮はプレハブで建てられた簡素なものだった。練習前後のグラウンド整備や水撒き、ライン引きも自分たちの役割。他の支配下選手たちより早く雁の巣球場に出てきて準備に汗を流した。遠征先のバスも1台だけ。補助席も使って座り、四国などに長時間かけて移動した。中には通路に横たわって寝る選手だっていた。

「(自分たちとの違いは)めちゃくちゃ感じます。もうプロ野球選手でしょう。僕らは全部自分たちでやっていたので。環境もそうだし、遠征のバスも今は2台ぐらいあるでしょう。練習量も僕らのときとは違うと思いますし、環境もいい。グラウンドに行って何もやる必要がないと思いますし、水を撒く必要もない」

 現在の3軍、4軍が練習に励むファーム施設「HAWKS ベースボールパーク筑後」にはグラウンドキーパーが常駐しており、グラウンド整備や水撒きはスタッフがやってくれる。四国などに遠征に向かう際には甲斐の言う通り、バスは2台用意される。筑後の選手寮「若鷹寮」の部屋は支配下選手も育成選手も同じ。環境面で支配下と育成に大差はない。

 甲斐が育成選手だった当時は練習量も「半端じゃなかった」という。「全部がキツかったですよ。メニューがギッチリとあって、朝早くから遅くまで毎日練習して、ランニングもして。暑い中、外でずっとやっていました。僕らのときは、怪我をしてでもっていうのがまず第一。怪我をするか、上手くなるかのどっちかだった。怪我をしてでもやれ、上手くなりたいんだろ、それで怪我してしまったら仕方ないだろって感じだったんで。それは鍛えられますよね」。怪我もやむなし。朝から晩まで練習して、必死に汗を流した。幸いにも大きな怪我をしなかった。

 現在、育成選手はトレーナーが日々、コンディションをチェックし、怪我のないように注意が払われている。怪我や違和感があれば、リハビリ組で怪我の回復を待ちつつ、体作りに励む。甲斐も「今は、どちらかというと怪我をさせちゃいけない、怪我をしないように、とにかく体に気をつけてっていうのがあると思う」と感じており、その結果として「練習量っていうのは間違いなく、僕らの時よりは落ちていると思います」という。

 甲斐自身、昨季、新型コロナウイルス感染の影響で、7月に1週間ほどファームで調整する機会があった。そこでリハビリ組やファームの練習を目の当たりにし「練習量が少ないなって思いましたね。楽やなって」と感じたという。甲斐だけじゃなく千賀滉大投手(現メッツ)や牧原大成内野手らが育成選手の頃は日々、危機感に苛まれ、1日1日が必死だった。

「僕らの時はいつクビになるかわからない状況だったので。今はある程度、人数を確保しないといけない状況ですけど、前だったら、先がなければ絶対にクビを切られていたと思うんです。今の子たちは多分、危機意識が薄れているのかなとは思います」

 甲斐が育成だった頃は、もう10年以上も前のこと。辛く、苦しい日々だったのは間違いないが、ここまで成長する土台になったのも事実だ。10年を経て変化する育成事情。育成選手から支配下となり、球界を代表する捕手となったからこそ、現状を気にかけていた。

(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)