「松田さん、慶三さん」への感謝 色褪せぬ“アタリメ声出し”…西田哲朗が明かす舞台裏

ソフトバンク・西田哲朗広報【写真:竹村岳】
ソフトバンク・西田哲朗広報【写真:竹村岳】

西田哲朗広報、現役時代の一撃「“あたりめぇ”(当たり前)のことを…」

 自分の居場所を作ろうと、懸命に考えた末の“策”だった。2020年限りで現役を引退したソフトバンクの西田哲朗広報は、選手としてホークスで過ごしたのは3シーズンだったものの、今もファンに愛される存在。その理由の1つになっているのが、印象深い「声出し」だろう。多くの人の記憶に刻まれている「アタリメ声出し」。その舞台裏を、5年の時を経て語った。

 2017年オフに楽天からトレードで加入。「チームが変わって何かを変えたいって思っていたし、トレードは自分を変えられるチャンス」と、心境は“転校生”のようだった。すぐにチームに溶け込むため、ホークスの一員になるため、その手段が声出しだった。

 当時のチームリーダーは、松田宣浩内野手(現巨人)や、川島慶三内野手(現楽天2軍打撃コーチ)。声出しを担当した日にチームが勝てば、基本的に自分のターンが続く流れだった。“無茶振り”が飛んでくることも少なくなかったが、西田広報は「(加入)1年目からあれだけ馴染ませてもらったのは、やりやすい環境を作ってくれた先輩のおかげ。先輩方がああいう声出しをさせてくれた」。生え抜きではない自分が愛してもらえるきっかけを先輩たちが作ってくれたと、感謝に尽きない。

 そして、2018年9月7日のオリックス戦(当時ヤフオクドーム)。アタリメを使った思い出の声出しが行われた。「“あたりめぇ”(当たり前)のことを“あたりめぇ”にやりましょう!」と鼓舞すると、ナインは爆笑だ。これまでアタリメを用いたことは取り上げられてきたが、「なぜアタリメを用いたのか」を話すのは「今まで言ったことなかったです」。その舞台裏を、懐かしそうに語った。

「僕が普通に、先輩たちに『当たり前のことを当たり前にやりましょう』って言っても、何も響かないと思うんです。あえて冗談っぽく、モノで見せながら言うと印象に残ると思うんです。冷静に考えたら『当たり前のことを当たり前にやる』っていうのは、勝ちへの一番の近道だとも思うし、それを印象に残るように言おうとしていただけです。印象に残るようにっていうのは、僕の一番のモットーでした」

 酒のつまみが、チームを鼓舞する小道具に変身……。さらに西田広報は続ける。

「アタリメは事前に買っておいたんです。ドンキホーテとかセブンイレブンに行って、イカソーメンとかを買いましたよ。練習の合間って、選手は仮眠を取ったりするんです。その日、僕はギリギリまで仮眠をしていて。バッと飛び起きて『やばい』って。福田秀平さんが面白おかしくムービーを撮っていたんです、僕が慌てるところを……。それはどこかに残っていると思います」

 シートノックが終わると円陣がそのまま始まるため、セカンドアップの時点ではすでに小道具はポケットの中に入っていたという。アタリメを使ったその日は、セカンドアップ直前に目を覚まし「すぐにポケットに仕込んだんです」。咄嗟の準備が、今もファンの中で語られる声出しにつながった。「常に当てられてもいいように、ですね」と胸を張る表情は、プロの顔つきだ。

 ホークスの声出しは、基本的に日替わり。それでも、西田広報があまりにも笑いを誘うため、急にバトンが回ってくる時もあったという。「いつ声出しが来るのかわからないので。使わずに終わる“空振り”の時もありましたけど、それが備えじゃないですか」。シートノックの前に“仕込み”を済ませ、打球を受けながら、どんな声出しをするのか考える。たとえ出番が来なくとも、準備を欠かさないから愛され続けた。通算388試合出場で171安打の成績とともに、あまたの人の記憶に刻まれている。

 大阪府茨木市出身。お笑いに厳しいとされる環境が面白さにつながったのかと思えば、西田広報は「経験でしかないですよ」と言う。楽天時代にも、当然声出しはあった。当時を振り返り「(チームメートだった)松井稼頭央さん(現西武監督)の声出しを見て、盗んだこともいっぱいあります。松井稼頭央さんが特にモノを使っていたので、それを組み合わせたりして。自分の声出しというよりは、いろんな人を見て学んできた」と自分なりに分析する。

 今では西武の監督を務める大先輩は、プレー以外にもお手本になった。特に印象に残っている小道具がある。「それこそ“丸パクリ”なんですけど、ライターですよ。松井稼頭央さんもされていて。それに加え、自分がやる時は言葉でプラスアルファしました」。安全には十分配慮した上で、円陣の中でシュッと火をつけ「これでみなさんの心に火がつきました!」。当然、円陣は笑いに包まれた。

 トレードでの入団から、西田広報なりに全力でチームに溶け込もうとした結果が、次々と爆笑の声出しを呼んだ。グラウンドの上だけではない準備……というか“仕込み”が、自分を記憶に残る選手にしてくれた。「広報の仕事にも生きています」という準備への意識は、野球への実直な姿勢そのものだ。

(竹村岳 / Gaku Takemura)