記者が見た長谷川勇也という男は…引退した今でも滲み出る生き様、意地、プライド

ソフトバンク・長谷川勇也コーチ【写真:竹村岳】
ソフトバンク・長谷川勇也コーチ【写真:竹村岳】

才能よりも努力の人…長谷川コーチに筆者のそんな印象をぶつけた

 代名詞は「打撃一閃」だ。その他にも技術、集中力、意地やプライドという言葉がよく似合う。ソフトバンクの長谷川勇也打撃コーチのことだ。鷹フル取材班は頻繁に、長谷川コーチに取材に応じてもらっている。説得力と深みがある言葉からは、何度も原稿を書かせてもらってきた。人間として、元プロ野球選手として、指導者として、筆者が見た「長谷川勇也」という男を書いてみたいと思った。

 筆者は2020年からホークス取材に携わるようになった。現役の最後の2年と、指導者となってからの長谷川コーチを見ている。2020年から3年間は新型コロナウイルスの影響で取材がかなり制限されていたため、なかなか思うように話を聞くことができなかったが、今季からはその制限は大きく緩和された。長谷川コーチには数多く話を聞かせていただいている。

 現役生活は通算1108安打。第一印象は「怖い」「厳か」だった。それは今も大きくは変わっておらず、ファンの方が抱く印象とさほど大きな相違はない気がする。取材をする時には今でも緊張するし、背筋も伸びる。だが最近になって「長谷川勇也」という男について、僭越ではあるが、少しずつ理解が深まってきた気がしたのでコラムという形で書かせてもらうことにした。

 プロ野球選手である以上、チャンスとは与えられるものではなく、自分から勝ち取っていくもの。時には首脳陣に、チャンスを“与えてみたい”と思わせる姿勢も、重要な要素である。ただ頭ではわかっていても、自分の生活がかかっている意識が周囲の人にまで伝わるほど、毎日を死に物狂いで取り組んでいる選手は、そうは多くない。

 2006年のドラフト会議。専修大から5位指名でプロ入りした。3年目の2009年に初の規定打席に到達し、打率.312を記録。大卒3年目でのレギュラーは言葉からすると順調に聞こえるかもしれない。それでも、裏側にある努力を思わずにはいられない。2年しか現役時代を知らずとも、重ねてきた取材から、長谷川コーチの言葉から、どれだけ1度のチャンスに食らいついてきたのか、少しは理解しているつもりだ。

 才能よりも、努力の人。限られたチャンスを、意地とプライドで勝ち取ってきた人。筆者のそんな印象を長谷川コーチ本人にぶつけてみると「そうよ。本当にそう」。ニッコリと笑顔で返してくれた。

「僕もどっちかっていうと不器用だし、守備も下手くそ。足もそんな速くないし、もう打つのが長所だったから。そこで勝負するしかなかった。外野手で入ってくる選手はみんな足が速いし、肩も強いし。ましてや外国人の補強も入る。となると、やっぱり何で食らいついていくかといったら、打つしかなかった」

「ドラフトでも下位で入って、自分よりも能力のある選手がたくさんいた。そんな選手を絶対にまくってやろうと思ってやってきたし、自分にはそれしかなかった。だから誰よりも練習するしかなかった」

 筆者は野球記者になって7年目。初めて“プロ野球選手とは”というのを学んだのは、阪神時代の糸井嘉男氏だと思っている。ホークスで言えば、斉藤和巳投手コーチ、和田毅投手がいるが、長谷川コーチももちろんその1人だ。そう伝えると「それぞれの信念とかプライドとかさ、そういう人には必ず譲れないものがあるよね」と微笑んでくれた。長谷川コーチの生き方から滲み出る全てがカッコいいと心からリスペクトしている。

 レギュラーを取るために乗り越えた左投手を打つという課題、長谷川コーチが考える“本物の技術”……。努力と信念を貫いてきた話をたくさん聞かせてもらった。適切な表現かはわからないが、個人的に長谷川コーチは野球に“取り憑かれた”ような人だと思っている。こんなにも野球を愛し、野球に愛された人がコーチを務めているのだから、ホークスは幸せだ。

 これは完全な余談だが、複数人での囲み取材などしっかりと「取材」という雰囲気がある時、長谷川コーチの一人称は「僕」。しかし、長谷川コーチに1対1で話を聞いている際、会話に熱が帯びてくると、長谷川コーチは「俺」と自称することがある。普段は聞けない「俺」という一人称を聞けた時、やっぱりカッコいいと思ってしまう。

(竹村岳 / Gaku Takemura)