「くっそー!」 大津亮介が叫び号泣した日…「自分を変える」覚悟を持って覚えた球種

ソフトバンク・大津亮介【写真:藤浦一都】
ソフトバンク・大津亮介【写真:藤浦一都】

広島戦の6回1死満塁で3番手として登板…打者2人を打ち取り“火消し”

 培った全てが、渾身の“火消し”につながった。ソフトバンクは4日の広島戦(マツダスタジアム)で3-2の接戦を制した。先発した藤井皓哉投手は5回1/3を投げて2失点で5勝目を挙げた。6人の投手リレーでの白星となり、ヒーローインタビューでも「6回をしっかり投げ切りたかったですし、あとのリリーフの投手に感謝したいと思います」と頭を下げる。6回1死満塁のピンチからチームを救ったのが、ルーキーの大津亮介投手だった。

 3-1の6回に藤井が3四球を与え、1死満塁となって降板。2番手の田浦文丸投手も代打の上本に左前適時打を浴び、1点差に詰め寄られた。ここで大津がマウンドへ。代打の松山を一ゴロ。続く代打の磯村を投ゴロに仕留めて、7球でピンチを脱した。ベンチに帰ってきた後輩に藤井も「『ナイスピッチング!』『ありがとう!』と言いました」という。投手陣が一丸となってつかんだ白星だ。

 トーナメント方式で、一発勝負の社会人野球。今でも忘れられない涙がある。大津は日本製鐵鹿島からドラフト2位でホークスに入団した。7種類の変化球を扱うことが最大の持ち味だ。中学時代、最初に覚えた球はスライダー系の曲がり球だったという。小学校から中学、高校、大学、社会人とそれぞれの段階がある中で、ターニングポイントは「社会人です」と即答するほど。茨城で過ごした2年が、自分をプロで戦える投手にしてくれた。

 2021年10月、都市対抗野球の北関東予選の準決勝。エイジェックを相手に、5回2/3を投げて3失点で敗戦投手になり、本大会出場を逃した。ゲームセットの瞬間。「悔しすぎて、負けた瞬間に涙が出てきて」と人目をはばからず号泣した。グラウンドを去るにも、チームメートの肩を借りるほどだったという。「その日に変わらないといけないと思った。冬場にコントロールと、1つの変化球を磨くという目標を立てました」。覚悟は決まり、新たに覚えた球種がワンシームだった。

 それまでの大津は「1年目から148キロくらいは出ていて、今思えば“ブリ投げ”だった」という。投手コーチとともに改善に取り組んだのは「8割の投球」だった。ベース板の上に、ストライクゾーンをゴムひもで9分割したものを置いて、とにかく制球力を磨いた。「真っ直ぐなら真っ直ぐしか投げない日とか、変化球なら変化球だけの日もありました」と、とにかく投げまくって体に染み込ませた。

「自分の中の優先度があるじゃないですか。そこからはスピードよりも、コントロールを一番にしました。(力感も)10割から8割に落として。元々やれそうな(制球力で勝負できそうな)自信もあったので。キレというか、コントロールで質を求めるようになりました」

 悔し涙から半年以上が過ぎ、迎えた2022年6月の都市対抗予選では日立製作所戦、SUBARU戦に連投。「日立との試合は8回まで0-0の同点で、8回途中で自分が代わって。1点を取られて負けたんですけど。試合が終わった瞬間にベンチで叫びました。『くっそー!』って」。SUBARU戦ではリリーフで2回1/3を投げ、夢だった本大会出場を決めた。悔しさもド根性も、社会人時代に全てを学んでプロ入りを手繰り寄せた。

「変わらないといけないと思ったのが2021年のエイジェックとの試合で、成長できたのがこの2試合でした」と自身でも実感している試合。自分を変えるんだと覚悟を決めて覚えたワンシームという球種は「思い入れは強いです。球種1つあるだけで、これだけ楽に抑えられるんだと思って」と投球の幅を大きく広げてくれた。クールそうに見える右腕だが、表情の裏には燃える思いがある。乗り越えてきた悔しさがある。

 本大会出場を決めたSUBARU戦は、1年前の6月5日だった。丸1年が経ち、成長した大津亮介はホークスのブルペンに欠かせない存在となっている。日本製鐵鹿島は、今まさに北関東予選を戦っている途中で5日には日立製作所との3回戦を控えている。大津の投球が、古巣への刺激となり、勇気となったはずだ。

(竹村岳 / Gaku Takemura)