工藤監督に見せたかった捕手の意地 高谷裕亮コーチがやり遂げた“手書きの160試合”

ソフトバンク・高谷裕亮コーチ【写真:藤浦一都】
ソフトバンク・高谷裕亮コーチ【写真:藤浦一都】

ファームの若手捕手へ「やるべき仕事ができないなら意欲がないということ」

 意地でやり切った経験は、指導者となった今も生きている。2021年に現役を引退したソフトバンクの高谷裕亮2軍バッテリーコーチは、いま担当する捕手に対して、統一している意識があるという。その中身を「1軍の試合を見ておけ、とも言いますし、対戦相手の前のカードの映像を見ておくとか、それは捕手として当たり前のことですので。それはもう見ている“体(てい)”で話します」と明かした。

 5月16日からウエスタン・リーグのオリックス3連戦が本拠地のPayPayドームで開催された。オリックスにとって前のカードは、13日と14日のDeNA戦(杉本商事バファローズスタジアム舞洲)。その映像に目を通して“予習”しておくことは、1軍でも2軍でも当然の対策だと強調する。「見て、自分がどう感じているかが大事。それが合っているかどうかはわからないので」。捕手として怠ってはいけない準備の1つだ。

 万が一、見ていなかったとしても、それは話しているテンションで「すぐにわかります」。とはいえ、押し付けるようなものではなく「見ておけと言っても、見るのは本人次第。自分がやるべき仕事ができないなら、そこまでの意欲がないということ」。プロ野球選手である以上、できる準備は全てしてグラウンドに立つことまでが“仕事”だと断言する。

「だから休んでいる暇はないです。僕は移動中にYouTubeを見たりする暇はない。移動中もずっと(対戦相手の映像を)見ています」

 高谷コーチに話を聞いたのは16日。午後6時開始のオリックス戦後だった。「だから、帰って今から広島(19日からタマスタ筑後で広島戦)の映像を見ます」と当然の表情で話す。「選手は難しいかもしれないけど、そういう習慣ってやればできると思う。空いている時間にパッと見て殴り書きでも書いて残しておけばいい」。プロの世界で現役を全うした1人として、プライドを持って続けてきた習慣だ。

 高谷コーチは何度もこの言葉を繰り返した。「できるかできないかは別として、やろうとすることが大事」。そしてこうも続けた。「僕も若いうちは全然でしたけど、やるしかないんです」。思い出すようにして語ったのは、捕手として成長するための徹底した取り組みだった。

「王監督、秋山監督にも教わりましたけど、工藤(前)監督にけっこう鍛えられたところがあった。全試合のレポートを書いたりもした。『全試合、書いてこい』って言われて。もう意地ですよ。何がなんでもやり切ってやろうと思って。160試合くらいあったんです。僕が出ていない試合も含めてだったので」

 工藤政権1年目だった2015年、高谷コーチはキャリア最多の93試合に出場した。チームは日本一に輝き、そのオフに“宿題”のように課せられた。ノートに全て手書き。自主トレ期間中に書き切った。「ここは点が入らなかったけど、これが危なかった、とか。自主トレで疲れて帰ってきて、眠くて頭クラクラになりながら」。キャンプインの前に指揮官に提出できたのは、意地でしかなかった。

「その時々の感情は見ていても戻ってきました。『俺、こういう時はこう思っていたかもしれないな』『バッターこういう反応していたんだ』って。でも、それを文章にしたり、人に話したりするのが難しかった。自分だけわかっていればいいものではないので。相手、この場合なら工藤監督に、自分が思っていることを伝えるために、そういう(言語化)のが大事なんだなっていうのは学びました」

 工藤前監督の反応は「はい、よくできました」のたった一言だったというが、高谷コーチにとっては十分だった。「僕はやれないのが一番ダメだと思ったから」。指導者となった今、選手に対して求めるようになった当たり前の準備。今思えばこの「全試合レポート」も、工藤前監督が「高谷ならこれだけの準備をして当然」と思っていたのかもしれない。

「工藤監督は覚えていないかもしれないですけど、それで信頼も1つ積ませてもらったのかなと思っていますよ」

 今の選手に同じことをさせようとは思っていないが、高谷コーチの言葉に深みがあるのは、徹底した取り組みを積み重ねてきたから。「最後は自分なんですよ。本人がやるか、どうか。僕たちにとっては、やる気にさせられるかどうかです」。準備のプロセスで一切の妥協を許してこなかったからファンにもチームメートにも愛されている。

(竹村岳 / Gaku Takemura)