背中を押した「感情を出していけ」 尾形崇斗を苦悩から救った斉藤和巳コーチの存在

ソフトバンク・尾形崇斗【写真:竹村岳】
ソフトバンク・尾形崇斗【写真:竹村岳】

尾形を悩ませた周囲の声「声出しすぎ」「投げた後に吠えるな」

 1人でも自分を信じてくれる人がいるなら、それでいい。2軍から1軍昇格を狙うソフトバンクの尾形崇斗投手が結果で恩返ししたい存在がいる。「すごく頼もしい」と心から信頼する斉藤和巳1軍投手コーチだ。2軍ではクローザーや、時にはイニングまたぎも重ねるなど1軍を想定した登板をする中で、心がけていることがある。

 ある日のこと。トレーニングをしていた際に、斉藤和巳投手コーチと顔を合わせる機会があった。2022年の秋季キャンプは尾形はリハビリ組にいたため、斉藤和コーチに直接ボールを見てもらったことはなく、この時に初めて2人で20分ほど会話したという。そして、力強く背中を押された。

「お前のいい時はダイナミックに投げたりとか、自分を最大限に表現しようとしているところって言われたんです。マウンドの姿が一番いいところだろと言われて、ハッと気づきました。支配下になった時のピッチングと、去年や一昨年のピッチングを見て、おとなしくなっている印象があると言われたんです。今までそういうふうに言われたことがなかったので、新しい気付きでした」

 投球時に大声で自分を表現し、技術も気持ちもボールに込めるのが尾形のスタイル。だが、実際に周囲から「声出しすぎ」「投げた後に吠えるな」という声もあった。当然、尾形が周囲に与える影響を考えていないはずはないが、自分が貫きたいスタイルとの狭間で悩んだのも事実だ。昨季は9試合登板で防御率5.56。自分の成績にも、悩みは比例している気がした。

 尾形が気持ちを前面を出すようになったのはプロ入り後だ。学法石川高から2017年育成ドラフト1巡目で入団したが、本指名の1位が同級生の吉住晴斗だっただけに、反骨心は燃えた。「吉住にだけは絶対に負けたくなかった。そういう思いでマウンドにいたら声が出るようになって、それがどんどん自分のスタイルになっていきました」。近年は“怖さ”も知ったからこそ、斉藤和コーチの言葉に勇気をもらえたことが嬉しかった。

「支配下になって1軍で投げて、打たれて怖さも知ってから、大人しくなってしまって、もっと上手くやろうとしていた。自分に合っていないことをやり出して、それで迷ったりしていたんですけど、和巳さんの一言でまた戻れました。『感情を出していけ』ですね、一番響いた言葉は。自分のやってきたことを後押ししてくれた。道が開けた気がして、メンタル的にも大きかったです」

 斉藤和コーチは現役時代、2度の沢村賞に輝いた。実績だけではなく、マウンドで打者を圧倒し雄叫びをあげる姿にファンは酔いしれた。尾形は宮城出身だが、7歳年上の兄が斉藤和コーチのファンだったといい「試合とかもめっちゃ見ていました」と憧れてきた背中でもあった。

「感情を出す方が人間味があるじゃないですか。確かにポーカーフェイスも大切だと思いますけど、性格も含めて自分に合ったやり方の方がいい。どれだけマウンドで暴れられるかが大事だと思っています」

 投球自体にも、気迫を込めることには効果がある。「向かっていく姿勢があれば、打者を差し込んでいくことにもつながる」。ボールの威力はもちろん、強い気持ちでも打者を押すことはできるんだと訴える。自分の道を正してくれた斉藤和コーチのために、結果を出すことで恩返しがしたい。

「すごく頼もしい存在ですし、もし僕が次1軍に上がった時に、とてつもない力になる。去年なら若干後ろ向きになっていたんですけど、おそらくですけど、それはもう無くなりました。そう言ってくれる人が1人でもいたので。最大限、発揮していく方向に変わっていくんだろうなって思っています。出てくる一言一言に深み、重みがありますよね」

 迷いは、一切なくなった。尾形にとって斉藤和コーチの存在はマウンドの勇気に変わる。

(竹村岳 / Gaku Takemura)