【連載・栗原陵矢】「膝がブチッて…」今明かす怪我の真相 3度もの手術と陰鬱な日々

ソフトバンク・栗原陵矢【写真:藤浦一都】
ソフトバンク・栗原陵矢【写真:藤浦一都】

苦痛だった入院生活「もう“無”でした。元気を出そうともしなかった」

 ホークスの副キャプテンとしてチームを引っ張る栗原陵矢外野手の月イチ連載「中編」は、左膝前十字靭帯断裂の大怪我を負った瞬間、そして長く苦しいリハビリ生活について語った。靭帯再建の手術の後にも、2度、予定外の手術を受けるなど、復帰までの道のりは前途多難。苦しかった当時の胸中を明かした。なお、全3回の栗原選手の連載「後編」は4月25日に掲載予定。

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 長期の離脱を経たからこそ、喜びもひとしおだった。3月31日に本拠地PayPayドームで行われたロッテとの開幕戦。セレモニーが終わり、プレーボールの直前、グラウンドに立った栗原は1人、込み上げてくるものを感じた。「今までの試合とはひと味もふた味も違った感じがしました、僕の中では」。大観衆の中で元気に野球をプレーできる喜び。かつては当たり前と思っていたことが、1年を経て当たり前のものではなくなっていた。

 あの日の悪夢は鮮明に脳裏に焼き付いている。2022年3月30日、敵地ZOZOマリンスタジアムでのロッテ戦だった。9回2死、ロッテ福田光が放った左中間へのフライを追いかけた。落下点付近で、中堅の上林誠知外野手と交錯。左膝を負傷した栗原はグラウンドに倒れ込むと、そのまま立ち上がれず、担架で運ばれ、そのまま千葉・浦安市内の病院へと搬送された。

 瞬間をこう振り返る。「もう最後の最後のところで上林さんが見えて、スライディングしてきているのが分かったんです。避けようとして膝を捻った感じでした。そしたら膝が『ブチッ』って……」。グラウンドに倒れ込み、空を見上げた。左脚が痺れ、只事では済まないと覚悟した。「ダメかなって思いましたね」。悪い予感は的中してしまった。

 試合当日の検査で左膝の損傷が認められた。翌日、福岡へと戻り、佐賀市内の病院でさらに精密な検査を行った。出た診断は「左膝前十字靱帯(じんたい)断裂および左外側半月板損傷」。全治6、7か月という重症だった。シーズン終盤、ポストシーズンにギリギリ間に合うか、間に合わないかの大怪我。ただ、手術を受けた後も順調とはいかなかった。

 術後10日ほど経った頃に患部が腫れ、熱が出た。傷口から菌が入ったことが原因で、その治療のための手術を受けた。さらに2週間ほど経ったあとにも再び同じ症状で手術。約1か月で3度もメスが入った。世の中はまだ新型コロナウイルスが蔓延していた時期。誰かが見舞いに来ることも出来ず、病院でのリハビリを終えると、たった1人、病室で時間を過ごすしかなかった。

「キツかったですね。先が見えない感じで不安でしたし、つらかったです。お見舞いもダメでずっと病室で1人……。本を読んだりもしましたけど、そんな気力もなかったですし、結構、気持ちは沈んでいました。もう“無”でしたね……。元気を出そうともしなかったですね」

 チーム内で明るいキャラクターとして知られ、ファンからも愛されている栗原が塞ぎ込むほど暗くなった。度重なる腫れと発熱も重なり、先が見えない日々。そのつらさは想像に難くない。筑後のリハビリ組に戻ってからも、痛みが出ることがしばしばあった。1日1日が不安との戦いだった。

 筑後でリハビリを行っていた時も決して立ち直ったわけではなかった。それでも栗原は努めて明るく振る舞った。同じリハビリ組にいた仲間や後輩たちを鼓舞し、笑わせ、前を向かせた。自分だってつらいはずなのに、だ。

「いろんな選手がいますし、リハビリ組にいる選手はみんな、思いは一緒なんで。そういう選手と『一緒に頑張ろうぜ』っていう感じでしたね、ただただ」。リハビリ組にいる選手は皆、プレーしたくてもできない選手ばかり。怪我の程度こそあれ、抱えているもどかしさは変わらない。自分だけがつらいわけじゃない。全員が前を向いて進めるように、と振る舞ってきた。

 栗原自身、精神的に立ち直り、前を向けるようになってきたのは「バッティングが始められるようになったくらい」と明かす。マシンを使った打撃練習を再開したのは、手術から5か月ほどが経った9月半ば。同下旬には屋外でのフリー打撃も行うようになった。この頃になって「ようやく先が見えた」という。

 実は昨季、密かに電撃1軍復帰プランがあった。クライマックスシリーズの終盤ないし、チームが日本シリーズに出場した場合に備えて調整プランが練られた。10月16日にタマスタ筑後で行われた3軍戦で実戦復帰することも検討されていたが、前日に1軍がクライマックスシリーズで敗退。急ピッチで調整する必要がなくなったため、この復帰プランも無くなったのだった。

 今季の開幕戦は怪我の診断が出てちょうど1年が経った日だった。戦列を離れていたからこそ実感できたこともある。「ずっと健康でいると、プレーできる喜びって感じにくくなっちゃうんじゃないですかね。当たり前に思っちゃうっていうのはあると思います。今はもうこれが当たり前だなんて思えない。やっぱり嬉しいです」。当たり前だと思っていた日々、野球ができること。その喜びを感じつつ、栗原はグラウンドに立っている。

「怪我なくできているのが1番です。健康でプレーできるというのは最高です。打つ、打たないとか色々ありますけど、そこはあまり関係ないかなと思います」。怪我なくグラウンドに立てることが、まず何よりの喜び。シーズンを棒に振る大怪我を負った今、栗原は1試合1試合を、1球1球を、一瞬一瞬を大切に生きている。

(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)