つらいリハビリ乗り越えた栗原陵矢の“プロ意識” 心を支えた「応援してくれる人のため」

ソフトバンク・栗原陵矢【写真:藤浦一都】
ソフトバンク・栗原陵矢【写真:藤浦一都】

「野球選手としてお金をもらっている以上は1日1日にしっかりとやることが礼儀」

 支えてくれた人、お世話になった人、応援してくれた人、全ての人たちへの感謝の思いがこもった。3月31日、本拠地PayPayドームで行われたロッテとの開幕戦。1年ぶりに公式戦の舞台へと戻ってきたソフトバンクの栗原陵矢外野手が、決勝の3ランを右翼席へ叩き込んだ。

 昨年3月30日のロッテ戦(ZOZOマリン)で左膝前十字靭帯損傷の大怪我を負って長期離脱を強いられた。この日は診断結果が出た日からちょうど1年。奇しくも同じ相手との開幕戦に「4番・三塁」で出場し、0-0の6回無死一、二塁で小島のフォークを拾って決勝アーチを放った。ヒーローインタビューで「野球っていいなって思いました。本当にいろんなことを思い出しましたけど、戻ってこられてよかったです」と振り返った。

 待ちに待った開幕戦だった。ちょうど1年前。栗原は悪夢の中にいた。ロッテ戦で左膝を負傷し、担架に乗せられてグラウンドを離れた。ちょうど1年前の3月31日。「最悪の結果だけは……と思いましたけど、半分くらいは覚悟していました」と思い聞いた診断結果は左膝前十字靱帯(じんたい)断裂、および左外側半月板損傷。長いリハビリ生活が始まった。

 松葉杖を使うところから始まった。ギプスが取れて、自由に足を動かせるようになっても感覚はなかなか戻らなかった。私生活でも大変な日々。「階段の上り下りもできないし、同級生と歩いていても僕だけ歩くのが遅い」と周囲に気を使ってしまう。ショーウインドウに映る自分を見ても「歩き方も変でしたしね」と自虐的に笑った。当然、地べたにあぐらをかいて座れない。外食もテーブルか、掘りごたつのお店を選ばないといけなかった。

 それでも、下を向くことはなかった。同時期にリハビリ組にいた井上朋也内野手は「クリさんはやることをやっていました」とお手本にされるほど、とにかく前だけを向いていた。口で言うほど簡単ではない長期のリハビリ。自分を突き動かしていたのは、プロ野球選手としての自覚そのものだ。

「僕は本当にその日の1日でやるべきことをしっかりとやるだけだと思っていました。怪我しているからとか、前の年にちょっと活躍をしたからとか、そういうのじゃなくて。1人の野球をやっている人間として、リハビリ組にいようが1軍にいようが、野球選手としてお金をもらっている以上は1日1日しっかりとやることが礼儀だと思って過ごしていました。自分の気分で野球をやるものではないので」

 大きく括って表現するなら、1軍の公式戦で戦うのも、リハビリ組で1日を過ごすのも同じこと。目の前のことに全力を注ぐことがプロとしての流儀。強烈すぎるほどのプロ意識だが、本人は「普通に仕事をしているだけですよ。同じ野球をやっていることに変わりはないですし、応援してくれる人のためっていうのはどこにいても変わらない」と淡々としたものだった。選手生命を脅かすような大怪我にも、栗原だけは絶望していなかった。

 怪我をした直後、甲斐拓也捕手がLINEをしてくれた。「『全力プレーの中ではあったけど、時間を戻せるなら戻したいだろう。たくさんの人に迷惑をかけて、たくさんの人にお世話になって、必ず戻ってこい』と言ってもらいました。(この日の本塁打で)1人で泣いたのは思い出しました」と内容を明かす。たくさんの人に支えられてここに戻ってきたことを、誰よりも栗原自身が理解している。

 まだまだ2023年シーズンは始まったばかり。「怪我があってよかったというのはあまりないですし、なかったらなかった方が絶対にいいので」とリハビリの日々を受け入れて、前だけを見て語った。何度だって言いたい。栗原陵矢が、帰ってきた。

(竹村岳 / Gaku Takemura)