わずか1年足らずで体重20キロ増 ドラ3甲斐生海をプロに導いた転機と母の言葉

新入団会見に臨んだソフトバンク3位の甲斐生海【写真:福谷佑介】
新入団会見に臨んだソフトバンク3位の甲斐生海【写真:福谷佑介】

東北福祉大2年、3年時の2年間は選手としてプレーをしていなかった

 5日に行われたソフトバンクの新入団選手発表会見。今秋のドラフト会議で指名を受けた支配下6選手、育成14選手の計20選手がホークスの一員として、門出の時を迎えた。その席でドラフト3位の甲斐生海外野手(登録名は生海)は、プロでの目標に「ホームラン王」を掲げた。

 九州国際大付高では通算36本塁打を放ち、東北福祉大へと進学。金本知憲氏や和田一浩氏らがOBに名を連ねる名門大学の歴史においても飛距離はナンバーワンと評され、大学でも通算15本塁打を放った。がっしりとした下半身から繰り出されるパワーは折り紙付きだ。

 そんな生海をプロ野球選手に育てたのは、母と姉の愛だった。九州国際大付で甲子園に出場できずに挫折を味わった生海。大学に入ると父、祖父、祖母を相次いで亡くして心は落ち込んだ。プレーする気力を失い、2年生、3年生は野球部の練習には参加しつつも、練習補助などを行う日々を過ごしていた。

 背中を押してくれたのは母と姉だった。4年生になるのを前に「お母さんとかに野球をやれ、と言われて……。それがなかったら本当に野球をやっていなかったと思います」と選手として復帰。プレーしていなかった2年間で体重も減り、76キロまで落ちた。ほっそりとした体だったが、4年生の1年間で20キロ近く増えて95キロにまでなり、東北福祉大でも随一のパワーヒッターに変身した。

 ウエート増加の理由を「特別なことをやったわけではなく、ご飯をたくさん食べたからだと思います」と語り、あっけらかんと笑った生海。不幸を経験してきただけに、プロでの目標には「親孝行」を掲げる。早速、契約金で母に自動車をプレゼントすることを約束。紆余曲折の末にたどり着いたプロの世界。地元・福岡で大輪の花を咲かせ、さらなる親孝行を成し遂げる。

(福谷佑介 / Yusuke Fukutani)