投手の信頼を勝ち取る“ブロッキング力”
9月27日にパ・リーグ2連覇を達成したホークス。昨オフに大黒柱である甲斐拓也捕手が退団。今シーズンは誰が正捕手の座を射止めるのかが最大の懸念点となっていた。その不安を払拭し、優勝に大きく貢献したのが海野隆司捕手だ。詳しくデータで見てみても、海野が甲斐の穴を埋め、その後釜としてふさわしい様子ははっきりと出ている。
海野のデータを見る前に、まずは甲斐のディフェンス力がどれだけ優れていたのかを確かめておきたい。今回注目するのはワンバウンドの処理、いわゆるブロッキングである。もしワンバウンドの処理がおぼつかなければ走者に進塁を許すことになる。今回は暴投が発生しうる投球に絞って、処理能力を見ていきたい。
甲斐はこの処理において、NPB最高の1人であったと言っていいだろう。2022~2024年の過去3シーズンにおいて、ワンバウンド投球をどれだけ暴投にしてしまったのか。暴投率を見ると甲斐の値は2.0%。100球ワンバウンドを受けても2球ほどしか暴投にしていなかったことがわかる。

これは過去3シーズンで1000球以上のワンバウンド投球を受けた13人の捕手のうち、2位の値。トップの若月健矢捕手(オリックス)とはわずか0.1ポイント差とほぼ同等。NPB最高のブロッキング力を誇る捕手と呼ぶにふさわしい数字だ。そんな甲斐が退団して迎えたのが今季だった。
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続きの内容は
・海野捕手の「驚異の数字」の秘密
・鷹投手陣が「安心」する理由とは
・劇的優勝を支えた「信頼」の深層
さらにホークス投手陣のタイプを考えると、このブロッキング能力はなおさら重要だ。ホークスは有原航平投手や大関友久投手、上沢直之投手のほか、救援の藤井皓哉投手や杉山一樹投手など、落ちる球を武器にする投手が極めて多いチームだ。
実際に数字で見ても、落ちる球が投じられるケースは他球団に比べて極めて大きい。落ち球(フォークとチェンジアップ)が投球全体でどれだけの割合を占めているかを見ると、ホークスの値は25.1%。4球に1球以上の割合で落ちる球が投じられている。これは今季12球団で最も高い値だ(以降のデータは9月28日時点)。

これだけ落ち球を多く使っているだけに、なおさら捕手のブロッキング能力は重要になる。無駄な進塁は失点の元であり、投手が安心してワンバウンドを投げられないことで、高めに浮いた球で痛打を浴びるケースも増えるだろう。さらに“最悪のケース”として、暴投を恐れて落ちる球自体を選択できなくなる可能性もある。特に前任者が甲斐というブロッキングの名手だっただけに、投手陣が設けるハードルも自ずと高くなる。そういった厳しい条件を課せられた中で、海野はシーズンに臨んだのだ。
見違える後半戦での進化…7月を最後に暴投ゼロ
そして海野はその高いハードルを越えてみせた。今季はここまで自己最多の703回1/3に出場。昨季の333回2/3の倍以上の出場を果たし、強力投手陣の信頼を勝ち得た。
ワンバウンド処理のデータを見ても、好成績は証明されている。今季の暴投率はなんと1.2%。644球のワンバウンド投球を受けて、暴投はわずか8。100球のうち暴投を1球程度に抑える、すさまじいブロッキング能力を見せつけたのだ。

ちなみに、この値は今季300球以上のワンバウンドを処理した捕手14人のうち2位。ちなみに1位は、やはり甲斐。甲斐は2022~2024年に記録した2.0%から0.8%へと、さらに大きく値を改善させた。今季は巨人への移籍初年度ということもあり、慣れない投手とバッテリーを組むことがほとんどだったはず。にもかかわらず、これほどのブロッキング精度を記録していることに能力の高さを感じる。
ただ、海野も甲斐と比べて単純に劣っているというには早計かもしれない。海野のワンバウンド投球における暴投率をシーズン前後半[1]で比較すると、前半は2.3%。6月までは悪くはないが、特別優れているわけではなかった。

しかし、これが後半になると一変する。7月以降に限定すると、暴投率はわずか0.5%。387球のワンバウンド投球のうち、暴投となったのはわずか2球のみ。これは甲斐をも退けて、12球団トップの数字だ。さらに言えば、この2球はともに7月のもの。8月以降はなんと1度も暴投を許していない。最後に暴投が記録された7月29日の日本ハム戦から数えると、ワンバウンド投球を287球連続で止め続けているのだ。
ホークスは8月以降に素晴らしいスパートを見せ、逆転での優勝をつかみとった。その中で海野の高精度のブロッキングが投手陣の失点を抑えるのに大きな貢献を果たしたのは間違いない。海野はこの1年で投手陣から大きな信頼を勝ち取ったはずだ。
もちろん捕手の守備で求められるスキルはブロッキングだけではない。リード、盗塁阻止、投手とのコミュニケーションに加え、最近ではフレーミングも極めて重要とされている。ブロッキング面においては、投手陣がもう“甲斐の穴”を心配する必要はないだろう。ホークスは今季の苦しい戦いの中で優勝を勝ち得ただけでなく、投手陣が信頼を寄せる捕手も得ることになった。
[1]前後半は6月までと7月以降で区分している
DELTA http://deltagraphs.co.jp/
2011年設立。セイバーメトリクスを用いた分析を得意とするアナリストによる組織。集計・算出した守備指標UZRや総合評価指標WARなどのスタッツ、アナリストによる分析記事を公開する「1.02 Essence of Baseball」の運営、メールマガジン「1.02 Weekly Report」などを通じ野球界への提言を行っている。(https://1point02.jp/)も運営する。