2010年の育成入団から這い上がり、正捕手として2017年からの4年連続日本一に貢献した甲斐。野球日本代表「侍ジャパン」の一員としても2021年の東京五輪や、2023年の「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」で世界一に輝くなど、球界を代表する捕手へと成長した。
「1度きりの権利だと思いますし、自分の野球人生においてもこのタイミングだけなので。大きな決断になるのは間違いないです」。熟考を重ね、たどり着いた決断。今年の6月中旬、甲斐はこう口にしていた。「今年1年で野球人生が終わるわけではないし、来年は違うユニホームでいるかもしれないので……」。
今季の出場試合数「119」は、レギュラーとして確固たる地位を築いた2018年以降で2番目に少ない数字だった(最も少ない104試合だった2020年は、新型コロナ感染拡大の影響でシーズン120試合制)。2番手捕手として開幕からレギュラーシーズン終了まで1軍でプレーした5年目の海野隆司捕手が51試合に出場。球団が“ポスト甲斐”の育成に本腰を入れたのは明らかだった。
スタメンから外れる日もあった6月中旬。甲斐が口にしたのは“本音”だった。「来年11月には33歳になるし、もうそんなに長く野球はできないと思うので。将来のプランもある程度考えてはいます。何年か先、もっと言えば5年、10年先を考えた時に、やっぱり勉強をしたいし、いろんな人の話を聞きたい。それって多分、お金じゃ買えないものだと思うんですよ」。
現役生活を1年でも長く続けるため、そして引退後も野球に携わるため、甲斐が求めたのは何にも代えがたい「勉強」だった。私生活もほとんどの時間を対戦相手の研究に充てるなど、野球のための生活を送ってきた男だからこその決断だった。
ベンチスタートの日も、甲斐はベンチの最前列に立ってじっと戦況を見つめてきた。「今年1年で野球人生が終わるわけではないので。『納得いかない』って文句を言ったところで、自分には何の得もないですし。何日先とか、何か月先を見るんじゃなくて、来年以降の野球人生にどうつなげていくか。この先も野球選手として試合に出られるように、自分の中でやれることをやるだけだと思います」。落ち着いた口調で、さらに続けた。
「ある意味、言い方があれかもしれないですけど……。来年は違うユニホームでいるかもしれない。なので、今年はやるべきことをしっかりとやっていければいいのかなっと思っています」
甲斐の中で揺るがなかった「信念」。それは野球人としての純粋な思いだった。福岡の地で過ごした14年間で数えきれないほどの喜びと挫折を味わった32歳。全ての経験を力に変えてきた男が、新天地で新たな戦いに挑む。