目の前で柳田が申告敬遠も…「ギータさんは歩かせてくると思っていました」
今まで背中を見てきた先輩たちを、自分のバットで喜ばせることができた。ソフトバンクは27日、みずほPayPayドームで西武と戦い、2-1でサヨナラ勝利した。延長10回1死一、三塁から川瀬晃内野手が右中間への一打を放ち、試合が決まった。「ありがとう」――。プロ初の劇打となった川瀬に、一番に駆け寄ったのが、柳田悠岐外野手だった。9年目を迎えた後輩の頼もしすぎる活躍に、ギータの胸中とは。
先発のリバン・モイネロ投手が7回1失点の好投。7回2死二塁から、代打・中村晃外野手の右前適時打で同点に追いついた。9回を戦って決着はつかず、延長戦へ。延長10回、先頭の周東佑京内野手が左翼線への二塁打で出塁すると、今宮健太内野手の犠打で1死三塁。柳田は申告敬遠で歩かされ、川瀬の出番だ。「ここまで来たらギータさんを歩かせてくるかなとは思っていました」と、心の準備はしっかりできていた。
ファウルにしてしまった初球は「打ち損じ」だという。「切り替えて打席に立つことができたことが一番良かったです。とにかく前に飛ばそうという思いでした」。目の前の一球に集中して結果に繋げた。3時間25分の試合が終わると、ナインは川瀬のもとへ。かけられた言葉を、こう明かす。
「(他の選手たちは)『ありがとう』って言ってくれましたね。延長戦ですし、早く終わりたい……終わりたいって言い方は良くないですけど(笑)。早く試合を決めて喜びたいっていうのは誰しもあったと思います。期待に応えられてよかったと思いますし、その言葉で僕にも自信がつきました」
真っ先に駆け寄って熱いハグをしたのが、一塁走者だった柳田だった。後輩の一打に「『ありがとう』っていう感じです。嬉しかったです、試合が終わったので」とはにかむ。チームの勝利はもちろんだが、展開が長引いていくことは誰だって避けたいもの。試合を終わらせてくれたことを素直に喜んでいた。188センチのギータに抱きしめられた川瀬も「僕はいつも“出迎えるタイプ”だったので、今日は熱くギータさんに抱擁してもらえて、こんな気分なんだなって。今も余韻に浸っているところです」と嬉しそうに頷いていた。
二塁ベースの後方から自分をめがけて、満面の笑みをしたナインが走ってくる。最高の景色を「特別でしたし、感動しました。先輩方が僕の方に走ってきてくれるっていう」と、プロ9年目でも特別な1打席となった。「ギーさんがすぐそこにいたので、意外と近くて。体の大きい方々が走ってきて、初めての感覚でした。本当に嬉しかったですし、またチームのために頑張りたいと強く思いました」と、柳田からの熱い祝福も大切な思い出になったはずだ。
サヨナラの場面。川瀬は小技も得意なだけに、セーフティスクイズのサインも頭によぎっていた。「僕はそれが半分以上の考えでした。三塁ランナーも佑京さんでしたし」と振り返る。「小久保監督が信頼してなのかわからないですけど、サインは何も出なかった。思い切って1球目から仕留めていこうと思っていました。準備はしっかりできたかなと思います」と最高の結果で応えてみせた。
昨年12月の契約更改。「やりたくてユーティリティをやっているわけではないです」と、レギュラーへの意欲を明言し、今宮健太内野手に挑戦状を突きつけた。「ライバル同士で一緒にやるのは違うと思いました」と自主トレも完全に別々で行って“独り立ち”。シーズンが開幕してからはベンチスタートが続く日々だが、自分の理想と、現実の折り合いをどうやって心の中でつけているのか。
「それは僕だけじゃないです。オフシーズンは誰もがレギュラーを目指してやっていく中で、ダメなら次の役割がありますから。9人で戦うスポーツですし、もちろんレギュラーで出たい気持ちは変わらないんですけど、こうやって途中から出る役目も野球にはある。そうなった以上は自分の役目を全うして、その中で準備をしていくのがプロだと思うので。どの立場になろうと、自分がやるべきことを怠らずにやっていけたら」
今季が9年目。「スタメンじゃない時は、去年も一昨年もたくさん経験させてもらった」と、歩んできた道の全てが今に生きている。小久保監督は川瀬を「1軍になくてはならない」と表現する。その言葉こそ、最高の褒め言葉。川瀬晃が残してきたものだ。ファームでもサヨナラ打は経験しているものの「相当前なので」と言う。1軍の試合で放った一打、先輩たちの最高の笑顔は、格別だった。
(竹村岳 / Gaku Takemura)